#61




 ピーンポーン。
 まだ御昼には少し早い時間。
 玄関のインターフォンが鳴って。
 外部からの客人に、デリバリーにしては早いなーって。
 そう思いながら液晶を覗くと、配達の人じゃなかった。
「ドウモ。チンピラ管野の部下、羽井デス」
「あれー。早いね。
 いいよいいよー、あがってきてー」
 そういってマンションのロックを外す。
 数分もしないうちにやってきた『羽井』クンは。
 ちょっと不思議なテンポの子。
 見た目はインテリ系の眼鏡っこで。
 悪い子じゃないのは確かなんだけど。
 ちなみに、現在美国でバイト雇用中。
 使いものになりそうで。
 本人の希望があれば。
 大学卒業後は美国で働いてもらう予定――らしいけど。
 まー、先の事は分からないしね。
「お世話になります。羽井です」
「丁度今からご飯なんだよ。良かったら羽井くんも食べる?」
「いえ、おかまいなく」
 応接間のソファに座って。
 俺が出したお茶に口をつける羽井くんは。
 『あの』管野くんの部下とは思えない程。
 礼儀正しいというか、行儀がいいというか。
「それより、米良さん。右手はどうされたんですか?」
「え? あ、これー?」
 恒ちゃんにも突っ込まれたし。
 やっぱり目立っちゃうなー、これ。
「ちょっと、色々あって」
「大丈夫なんですか?」
「ヘーキだよ。ちょーっと不便な位かなー。
 利き手は左だし、そこまではないけど」
「そうですか。それは良かった」
「心配してくれてありがとー」
 お礼を口にすると、吸い込まれそうな瞳で。
 じーっ、と。
 それこそ、穴が開くんじゃないかって程。
「……どしたの?」
 見つめられて。
「前から尋ねたかったんですが」
「うん?」
「それは、古傷か何かですか?」
「え、」
「右目と、右手。首元も。そもそも露出しませんよね」
「えー、と。」
 直球ストライクな質問に、少し戸惑う。
 悪気はないんだろうなー、って分かるから余計に。
 対処に困るというか。
「うん、まぁ、昔のね。余り気持ちのいいものじゃないから。
 こうして隠しているんだけど――…、」
「痛んだりは?」
「ないよー。もうかなり昔の傷だし。
 天気の変わり目とかに、ちょっと違和感を感じる事はあるけど」
「………」
 俺の言葉を受け止めて、羽井くんは。
 何を思っているのか、じっと右目の辺りを凝視してくる。
 あまり見つめられると照れちゃうよね。
「…その眼帯」
「うん?」
「外すことはないんですか?」
「え、と。や、お風呂の時とか寝るときは外してるよ?」
 流石に、入浴時にも着用するのは、ちょっとだし。
 寝る時も、人目が無いのだから。
 最愛のパートナー以外、と言う注釈付きだけど。
「…つまり、貴方が積極的に隠しているわけではなく。
 周囲の人間へ対する精神的な配慮から。
 その眼帯をされているわけですね」
「…え、ええと。うん。まぁ、…そうなる、かな」
 理論で追い詰められている感じがして。
 ちょっとタジろいでしまう。
 いい子なんだけど。
 突拍子無くて読めないんだよね。
 だから、ちょっと構えてしまった俺に。
 羽井くんは一言。
「見たいです」
 と。
「え? え、え? ええ? 見たいって、これ?」
 思わず左手で眼帯を押さえて確認してしまう。
 なんだって、こんなもの…。
 物好きにも程があるよぅ、羽井くーん。
「駄目ですか?」
 そして、またじぃっと見つめられる。
 羽井くんの視線はちょっと苦手。
 恒ちゃんの天然培養な無垢さとは違うけれど。
 彼の瞳も濁りがなくて、とても綺麗だから。
 磨かれた刃先のような清冽に、気遅れしてしまう。
「や、ダメだとか、そういうんじゃなくてね。え、ええと…」
「駄目じゃないなら、見せて下さい」
 う、ううーん。なんでこんなに拘るんだろう。
 別に傷痕なんて見て楽しいものでもないし。
 勿論、見せて楽しいものでもないしなぁ。
 なんて。
 困り果てる内に、ちょっとしたイタズラ心がむくむくと。
「うーん、じゃ。見せてあげてもいいけど、」
「有難うございます」
「コレを外すのって、お風呂か寝るとき位だって言ったよね?」
「そのように窺いましたが」
「で、羽井クンはどっちがいい?」
「――は?」
「一緒にお風呂か、ベッドに行くか…。
 ……ね、どっちがいい?」
 割と本気で口説きにかかる。
 オトナをからかうとどーなるか。
 ちょっとしたお仕置きのつもりで。
「…選択肢はその二つだけですか?」
「そうだよ。…見たいんでしょ?
 俺の――…、ココ。」
 取り様によっては卑猥に聞こえる台詞は、勿論意図的。
 眉ひとつ動かさない鉄面皮は流石だなーって。
 感心しながらも、そっと左手を伸ばして冷たい頬に触れる。
 ぴく、と肩が震えるのに。
 他人との接触に不慣れな様子が窺えて。
 イケナイ大人の気分になってくる。
「…で、は、御休み前に見せて頂けれ――…、」
「んー。…タダ見は感心しないな?」
 撫で擦る頬の感触が気持ちいい。
 そのまま指先を長めの前髪に絡めて――…、

 カラダで払ってくれる?

 そんな台詞を口にしようとした、瞬間。
 物凄い形相の香織に首根っこを掴まれて。
 ベッドルームへ連れ込まれた。



米良は基本見境がありません
ただし、本気ではありません
年下をからかうのが好きなだけです
そして毎回振り回されるカオリン