#62




「とりあえず、俺は食べちゃいますけど。
 羽井さんは要らないんですか?」
「ええ、食事は済ませてきました。お構い無く」
 折り目正しい返事をする眼鏡のひとは、羽井サン。
 色素の薄い髪と、クロスした前髪が特徴で。
 美国探偵事務所――というより、兄さん直属のバイトの一人だ。
 もう一人は管野サンって言って。
 チョイ悪の青年…なんだけど、まぁ、最近は。
 人としてのマトモな道に少しずつ矯正されているみたい。
 ちなみに、その管野サンの部下が羽井サン。
 実際の力関係は全く逆みたいだけど。
「でも、どうしてまた米良さんの眼帯の話になってたんですか?」
 米良さんが注文してくれたお寿司を箸でつまみながら。
 香織さんによる米良さん拉致事件の発端を探った。
「…右手を、負傷されていましたから」
「え、あ、うん」
「そこから、そういえば右手は元々何時も手袋を着用していたなぁと思いまして」
「あー…、」
 成程、と納得はするものの、羽井さんの度胸には驚かされる。
「確かに俺も気になってたけど…。
 そんな直球で眼帯の下を見せて欲しいとか言えないですよ。
 羽井さんって大胆ですよね」
「そうですか?」
「うん」
 おまけに、天然無自覚だから手強い。
「まだまだ子どもですからね、好奇心が旺盛なんでしょう」
 ……自分で自分の事を『コドモ』って言えちゃうトコはカッコイイんだけどな。
 逆に、オトナって感じがする。
「そういえば、羽井さん」
「はい」
「どうしてまた美国でバイトを?
 香織さんに聞いたんですけど、銃撃訓練をしてるって事は…、
 『護衛』としての雇用なんですよね?」
 確かに、割はいいかもしれないけれど。
 それだけでこんな危険なバイトをするなんて。
 理由にならない。
 ――これも『好奇心』とやら、なのかな。
「…どうしてでしょうね」
「…?」
 珍しい。
 羽井さんって、ちょっと変な人だけど。
 なんだろ。
 揺らぎようのない自分ルールがあって。
 それに従ってマイペースに前進してるイメージなのに。
「銃の所持は犯罪です」
「え? あ、うん。そうです、はい」
 兄さんとか、米良さんたちとかが普通に携帯してるから。
 すっかり、忘れてたけど。
 そうだった、うん、銃刀法違反、銃刀法違反。
「なら、俺は犯罪者でしょうか」
「え? や、それは飛躍し過ぎだと…――、」
 突拍子の無い話題に吃驚して宥めると。
 羽井さんは、神妙な面持ちで頷いた。
「俺もそう思います。
 ただ、触れて、扱って、それだけでは犯罪とは呼べないのではと」
 え、ええと。なんだか難しい話になって…る?
 どーして美国で護衛のバイトなんてやってるのかって。
 ちょっと聞いてみただけなんだけど…。
「世間では銃の所持は犯罪とされる。
 けれど、巧美所長も、美国のお二方も、犯罪者には見えません。
 このギャップを埋めたかったんです」
「………は、ぁ?」
 むぅ、よくわからない。
 特上の寿司なのに、箸がすすまないのは。
 この禅問答のようなやり取りの所為だと思う。
「あっ、あの。羽井さんって大学で何を専攻してるんですか?」
 取り合えず強引に話題を変えてみた。
 ちょっとワザとらしいけど、それは気にしない!
「社会学ですね」
「へー」
 なんかカッコイイ響きだな、って。
 イカを頬張りながら感心する。
「最近は専ら犯罪心理学の研究ですが」
「はー…」
 はんざいしんりがく。
 何というか、凄く羽井さんっぽいと言うか。
 そっか、そういうの勉強してる人なんだ。
 だからちょっと普通から軸がズレてるのかな。
 や、悪い意味じゃなくて。
「ところで、弟さん。貴方は何故此方に?」
「え? 俺?」
 そか。羽井さんにしてみれば、俺がここにいる事が疑問だよな。
「俺は特訓中です。あんな仕事だと結構荒事もあるから、って」
「成程。意外に大変なものですね」
「そうでもないですよ。
 俺は実家の権力に守られて生きるよりも。
 今の兄さんとの暮らしの方が気に入ってますし」
「……実家と折り合いが悪いのですか?」
 あ、しまった。
 迂闊な事を口走ってしまったかも。
 実家の事は余り突っ込まれたくないのに。
「ん、まぁ…。お察しの通りです」
「…そうですか」
 あれ、突っ込んで来なかった?
 良くも悪くも遠慮のない羽井さんの事だから。
 もっと立ち入った質問をしてくるかと構えたのに。
「そういう特殊な環境だからこそ、特別な感情が生まれるのでしょうね」
「はえ?」
 羽井さんの言動がイマイチ掴めない。
「貴方と巧美所長の間柄の事ですよ」
「…えと?」
 そりゃ確かに…、ちょっと、少しばかり、若干ブラコンかもしれないけど。
 そんな真面目な顔で改まって指摘されるようなことかなぁ。
 って、不思議がって首を傾げる俺に。
「恋人同士なのでしょう?」
 羽井さんはトンデモ爆弾発言を投下してくれた。



羽井クンは突拍子がありませんが
だからこそ、既存の常識にとらわれずに
物事の真理を見抜けるのでは、とも