
#65
米良さんと香織さんのところでの強化合宿は。
予測のナナメ上を行く結構波乱万丈だった。
三日目の朝になって兄さんから連絡が入って。
訓練の成果を確かめてやるから。
そろそろ戻ってこいなんて、一方的な命令。
そして、テストを称した何時もの馬鹿騒ぎ。
――が、終わったその日の夜。
「おい、恒。さっさとメシを作れ」
「…はいはい」
兄さんの横暴さは今に始まった事じゃない。
正確には、再会してからの兄さんの、だけど。
「って、兄さん。冷蔵庫空だよー?」
「…あー、じゃいいや。カップ麺でいいから持ってこいよ。
恒、お前は明日適当に買い出しに行って来い」
「それはいいけど…」
買い置きのカップ麺を二つ手にしながら。
一つは激辛キムチ味のラーメンで兄さん用。
もう一方は、カレー味のラーメンで勿論俺のやつ。
ケトルのスイッチを入れて、蓋を開けたそれを応接セットのテーブルに置く。
「…珍しいよね? 普段なら政宗さんが何かしら持ってきてくれるのに」
「あー? うっせぇな、知るかンなもん」
事務所のソファに寝転がって。
お笑いのテレビに夢中な兄さんは、何時も増して横柄だ。
(………)
身内の欲目でも何でも無く。
見た目は、綺麗、だと思う。
ケツ丸出し星人とか、全裸フェアリーだとか。
変態奇行が激し過ぎて、普段は感じにくいけれど。
華奢な手足、小柄な体躯、少女のように愛らしい目鼻立ち。
――中身は鬼強の猛者だが――
黙っていれば、楚々とした薄倖の美少女、に見える。
「おい、何じーっと見てンだ。気持ちわりぃな」
「えっ!? あ、ごめんっ! ぼーっとしてた!!」
指摘されて、慌てて視線を逸らした。
ケトルはとっく青のランプを点灯させていた。
手早くお湯を入れて、二つのカップ麺の蓋の上に薄い古雑誌を置く。
(……ううん。兄さんの事はそりゃ好きだし、綺麗だとも思うし。
今はちょっとあれだけど、昔は優しくて頼りになって、ホント憧れって感じで……。
でも、羽井さんの言う"恋人"の好きとは、違うんじゃないかなぁ…)
やっぱり、兄弟の間での"好き"って感情なんだと思う。
そんな下らない再確認。
だって、羽井さんがトンデモ無い事言いだすから。
しかも、男の人同士がどうこうって。
実際に、身近な人でその現場も目撃しちゃってるから。
ちょっとぐるぐるしちゃったけど、うん、ヘイキ。
やっぱり、俺はフツーに兄さんの事が大好きで。
それ以上でもそれ以下でも無いから、それでいいんだ。
「はい、兄さん。出来たよー♪」
「…なんで機嫌良いんだよ、ンっか今日のお前気持ち悪ぃんだよなぁ…」
「ちょっ…! それが二日ぶりに再会した弟へ言う台詞?
もっとこう感激とか歓迎のムードとかないの?」
「あるわけねーだろ。
米良ンとこのバカップルオーラにでも当てられたか。
何時もに増して頭が沸いてンな?」
「バカップルって…、兄さんだって――、」
そこまで言い掛けて、チクリと胸を刺す痛みに口を噤んだ。
兄さんだって、何時か良い人が出来て。
その人と、イチャつくんでしょ、って。
別にそれだけの言葉が、チクチクして、イガイガして。
「…あ? 俺がなんだよ?」
案の定、不自然に言葉を呑んだ俺に不審気な視線を向ける兄さん。
けど、
どうしてか、
どうしても、
その先の一言が続ける事が出来ない。
「…ゴメン、兄さん。カップ麺タイマー掛け忘れてた」
「ばっ!! テメェ、ふやけたラーメンなんぞ食えたもんじゃねーぞ!!?」
怒鳴り散らしながら急いでラーメンの蓋を千切る兄さん。
もう、俺の事なんか眼中にない様子で。
ちょっとのびてしまったラーメンを夢中で啜ってる。
「………」
そんな何時も通りの"兄さん"と、
何時も通りじゃない"俺"と。
「おい、恒。タバスコ持ってこいよ」
「……はいはい」
感じた違和感は、無理矢理意識の奥底へ仕舞込んだ。
わんこがチクチクしてます
でも天然なのでイマイチ原因が理解出来ません
困った天然ワンコですね