#67




 ちょっとした思い付きで。
 仕事帰りに美国探偵事務所へブラリ寄ってみた。
 香織は社長に呼ばれてたから、帰りは少し遅めだと思う。
 だから、ちょっとした時間潰しのつもりだった。
 手土産にタイヤキとハニードーナツを買って。
 冷めないうちにと、事務所へ向かう途中で。
 猥雑な雑居ビルの隙間に、もこもこ動く小さな塊を見つけた。

「…どうしたんですか、それ?」
 キョトンと、鳩が豆鉄砲な表情で見上げてくる恒ちゃんの目には。
 愛らしい豆芝の仔犬が映り込んでいた。
「うん、そこで拾ったんだよー」
 にっこり笑って答える俺に恒ちゃんは、そこで、って…、とオロオロする。
 はい、パス、とじっとしている仔犬を手渡されて。
 反射的に受け取ってしまう素直さは、流石の箱入り息子だなぁって感心。
 あ、悪口じゃないからね。念の為。
「新品の首輪してるでしょ?」
 むくむくふわふわの仔犬の首を指差して言うと。
 あ、ホントだ。
 と、仔犬を抱えながら首輪を確認する恒ちゃん。
「だから、迷い犬じゃないかなって思って」
「んで、その迷い犬を何で美国(ウチ)に持ってくるんだ。
 犬畜生なんざ、臭うは吠えるわ噛みつくわで、ロクなこたーねーだろ」
 美国探偵事務所の雇われ所長。
 プラス恒ちゃんの、お兄ちゃんでもある巧美ちゃんが。
 事務所の中央に据えてあるソファに半裸で寛ぎながら。
 シッシッ、と。
 如何にも邪魔くさそうに、仔犬を追い払う仕草をしてくるので。
 ええー、と不満げな声と態度で、対抗してみる。
「こんなに可愛いのに…」
「知るか。元の所に捨ててこい」
「兄さん!!」
 ふんふん、と濡れた鼻先を擦り付けるようにして甘える仔犬に。
 早速、情が湧いてしまったらしい恒ちゃんは。
 兄の冷たい態度を責めるように、その名前を呼んだ。>
「…チッ」
 何のかんの言ってはみても。
 結局、巧美ちゃんは年の離れた弟に弱い。
「ふわふわですね…。
 俺、仔犬を抱くのって初めてです」
 おっかなびっくり、といった様子の恒ちゃん。
 何にでも一生懸命体当たりなカンジが可愛らしい。
「実家にワンコはいなかった?」
「うーん…、一応はいましたけど」
「一応?」
「番犬だったから、こんなんじゃなかったです。
 人相の悪いドーベルマンが何十匹もいましたから」
「あー、そっか。ペットのワンコじゃなかったんだ」
 お屋敷の警護にドーベルマン数十匹。
 結構なお金持ちの生まれなんだなぁ、って再確認。
 相応の裕福な暮らしよりも、兄さんの傍が良いんだろうけれど。
 逆に、どれだけ非道な身内なのか、ちょっぴり興味もある。
 ――悪趣味かもしれないけど。
 だって、巧美ちゃんが飛び出す位だよ?
 どんなものか、知りたくなるのが人情ってもんだと思う。
「迷い犬か…。今頃飼い主の人が必死に探してそうですよね」
「そだね。でも、取り合えず連れてきちゃった。
 辺りに人の気配も無かったしね。
 まー、飼い主探しは追々すればいいと思うんだけど」
 恒ちゃんの言葉に頷きながらも。
 キッチンへ行って、適当に食べ物を物色。
 牛乳(本当は専用ミルクがいい)と、食パンを見つけて。
 取り合えずパンの端っこを千切って、仔犬の鼻先に差し出してみたら。
 ぱくん、と。
 元気よく食いついて来た。
「あ、食べた」
「生ゴミ舐めてたしねー、やっぱお腹空いてたみたいだね。
 恒ちゃん、ちょっと下におろしてあげて?」
「は、はい」
 床に下ろされた仔犬は。
 パンとミルクの入った容器へと飛び付いた。
「うわー…、かわいいなぁ…」
 食事に夢中な豆芝にすっかり恒ちゃんはメロメロ。
 そして、そんな恒ちゃんに対して。
 仕方無いなぁ、的な、優しい表情を浮かべる巧美ちゃん。
 ホント、この兄弟は可愛いとしみじみ。
「じゃ、取り合えず後は宜しくね?
 明日、色々買い揃えて持ってくるから」
「っはぁ!? おい、お前!
 まさか、この犬このままココに置いていく気か!?」
「まーまー、いいもん見れたデショ? 暫くの間だけだし、いいよね?」
「……っ、テメェ…」
 俺の安い挑発に乗って、グルルと牙を?く巧美ちゃんに。
「兄さん、ずっとってわけじゃないんだしさ。少し位面倒みてあげようよ!」
 可愛い弟からの、オネダリ攻撃と、
「そうそう、それに預かってる間は眼福だよね?」
 重ねられた、俺からの追撃に。
「…勝手にしろ!」
 早々に白旗降参の巧美ちゃんは、投げ遣り気味に吐き捨てた。



豆芝の仔犬は最強