#68




「犬?」
 風呂上りの石けんとシャンプーのいい匂い。
 パジャマ姿の香織に背中から抱きつきながら、頷く。
 うわ、欲情しそう、なんてヨコシマな気持ちはひとまず封印。
「うん、拾ったんだ」
「それで、どうしたんだ?」
 拾ったなら何故ここにいないのかと。
 当然の疑問を口にする香織に、巧美ちゃんトコに預けてきたと返した。
「…巧美さん…のとこに?」
 ちょっとだけ、微妙な反応を示す香織が気になるけれど。
 うん、そだよー、と。
 取り合えず、気付かぬフリして会話を続ける。
「ココはペットダメ厳禁だからね」
 美国の社員専用マンションは幾つか用意されているんだけど。
 頼めば管理人さんが面倒を見てくれるという。
 ペット飼育可能の物件もあるんだよね。
 勿論、出来る限りペットの世話は自分でするのが原則だけど。
「ちっちゃくて、ふーわふわだったよ。
 首輪をしてたし、迷い犬だろうから、飼い主を探してあげないとね」
「…ふぅん。それで、この買い物か…」
 香織の視線はソファの横へ無造作に置かれたビニール袋へ。
 中身はと言えば、仔犬用のミルクやリード。
 それに、長さの調整機能が抜群の赤い首輪。
 お散歩用のエチケット袋に、エチケットスプーン。
 ホームセンターにおける約一時間の戦果。
 お陰で、香織の方が先に帰宅してしまっていて。
 おかえりなさーい、食事にする、お風呂にする?
 それとも、ア・タ・シ?
 な、新婚さんごっこを計画していたので。
 ちょっぴり残念だったりする。
「…ホントは先に帰って、
 ご飯を作っておこうと思ったんだけど、ゴメンね?」
「構わないさ。
 にしても――、随分と買い込んだな?」
 物珍しそうにガサガサと袋の中身を探る香織に、
 まぁね、と。
 愛想笑いで誤魔化しながら、冷蔵庫へ足を向ける。
 香織は倹約家なので、無駄遣いが嫌いなんだよね。
 ええと、何か気を逸らすモノは無いかな、と物色してみて。
 中から冷えた缶ビールを見つけて、放り投げる。
「香織」
「ん」
 パシッ、と。
 良い音で受け止める香織に惚れ直してしまう。
 投げてから名前を呼んだのに。
 相変わらず、香織の反射神経はズバ抜けてる。
「…って、ビールを投げるな、ビールを」
「えへへ」
 香織のお説教をスルリとかわして、プルトップに指を掛ける。
 本来は冷酒とかウィスキーとかが好きなんだけど。
 時々、軽い口当たりのビールも欲しくなるんだよね。
「香織は、ペット飼った事ある?」
「…いや」
「動物は苦手?」
「いや…、 うん、 どうだろう、な」
「ん?」
 香織の歯切れの悪さに、キョトンとしてしまう。
「…嫌いじゃないと思うんだが…」
 言って、オモチャのような赤い首輪や。
 仔犬用の細い散歩のヒモなんかを。
 手にとって、しげしげと見つめる。
 ――姿が、なんだか、とっても可愛い。
 うーん。
 キス、したくなっちゃった。
「………ね、香織」
 ごろごろ、と喉を鳴らすような猫なで声で、
「なんだ?」
 愛しいパートナーの気をひいてみる。
 呼ばれて顔を上げた香織のまだ湿った口唇に。
 ぷに、と自分のものを合わせて、舌を這わせる。
「……っ!?」
 不意打ちに思い切り動揺した香織は。
 手にしていた首輪やらリードやらを。
 ポロリと、絨毯の上に落としてしまった。
「…ばっ、! きゅ、急に何するんだっ!?」
 真っ赤な顔で、毛を逆立てるようにして怒る香織が。
 そりゃもう、本当に、物凄く可愛い。
 こういう純情な反応をされると。
 悪いオトナ冥利に尽きるというか、何というか。うん。
「何、って…。
 キスしただけ、だよ?」
 クスクス、大人の余裕を見せつけるようにして。
 ふんわり微笑ってみせると。
 む、と黒猫のご機嫌が分かり易くナナめってしまう。
 俺との十近くの年齢の差に。
 密かにコンプレックスを抱いているらしい香織は。
 子ども扱いをされると、怒るしスネる。
 そんなトコが益々可愛くて、ワザとオトナを演出してみたり。
 我ながら、駄目大人だなぁと思うけれども。
 あれもこれも、香織が可愛すぎるのが良くない。
「ね。かーおり?
 明日、一緒に仔犬のトコにいこーね」
 むくれてソファの上でビールをあおるパートナーの。
 その、お膝にコテンと頭をのせて甘えながら。
 ダメなオトナらしく、そのまま――…、



 次の日、予定していた時間よりも。
 二時間程遅刻して、事務所へ顔を出した俺達に。
 他人に面倒押し付けて、呑気にサカってんじゃねーよ、と。
 巧美ちゃんの痛烈なお言葉が。
 剛速球よろしく投げつけられたのは。
 言うまでもない。



オトナのイタズラは
仔猫には少し刺激が強めです
美の化身・巧美様は色々お見通しです
香織は19歳ですが
稀にビールを口にします(MY設定)