#69






「あれ、犬? それ、どしたの恒ちゃん」
 何時もより少し早めに出社してきた正宗さんは。
 事務所の奥で犬用ミルクを舐める仔犬と。
 仔犬の面倒を見ている俺を交互に見比べて。
 ポカン、とした顔で、そう訊いてきた。
「迷い犬みたいです。
 米良さんが昨日拾ってきて、ウチに預けたんですよ」
「へー、ああでもそっか。
 確か二人は美国社員専用マンション住まいだもんね」
「ペットが駄目みたいで。だから、ここで預かってくれって。
 お陰で、兄さんの機嫌が悪くてわるくて」
「あー…」
 俺の台詞に、正宗さんが微妙な反応をした。
「確かに、ちょっとご機嫌ナナメだもんな。巧美のヤツ。
 でもなんで? アイツ、犬嫌いだっけか?」
「…そんな事無かったと思うんですけど…」
 何せ、兄さんが実家を飛び出す前の話で。
 俺もまだ小さかったから、記憶に自信が無い。
「に、しても。可愛いなー。
 なに、この子の飼い主探しすんの?」
 ミルクを飲み干してお腹が膨れたのか。
 うとうと、と船をこぎ出すワンコに目を細めながら。
 正宗さんがそう尋ねてくるのに。
 うーん、と俺は首を傾げた。
「多分、そうなると思うんですけど。
 兄さんがあの調子なんで――…」
 そう。
 兄さんは、何がそんなに気に入らないのか。
 前の日の夜から、不機嫌そうに黙り込んでしまっている。
「正宗! ちょっとこっちに来い!」
「…っと、お呼び出しだ。
 お兄様のご機嫌を損ねないウチに行ってくるわ。
 あ、恒ちゃん。冷蔵庫にチーズケーキ入れといたから、食べていーよ」
「わ! ありがとうございます」
 来るなり、冷蔵庫を開けてたから。
 何か持ってきてくれたのかなぁ、とは思ってたけど。
 正宗さんの作るお菓子は全部美味しいんだよね。
 今…、ちょっと味見しちゃおうかなぁ。
 なんて、冷蔵庫に手を掛けた途端。

 ガシャーン!!

 って、派手にガラスが割れる音が。
 表通りの方から聞こえてきた。
 俺もだけど、うとうとしていた仔犬もビクッ、として。
 不安そうに、辺りをキョロキョロ見回してる。
 そんなワンコをひょいと両手で抱きあげてから。
 俺は事務所の来客間の方を覗き込んでみた。
 そこには、

「ヲーーーーッホッホッホッホッ!
 お宝あるところ、ラスティ・ネイルあり!!
 よーうやく、積年の恨みを晴らせる機会がやってきたわ!!
 泣いて謝っても許してやんないんだからねっ!!!」

 ――怪盗ラスティ・ネイル。

 ちょっとした事で知り合ってから。
 なんだかんだで、ぐだぐだの付き合いになっている女の子だ。
 多分、俺よりは年上なんだと思うけれど。
 小柄でスレンダーなロリファイスの持ち主で。
 実年齢よりも結構若く見える。
 低身長の童顔の兄さんと並んだら。
 丁度いい感じのカップルに見え――…、

「………あれ?」

 なんだろう。
 今、なんだか…?
 まぁいいか。
 てか、ラスティも懲りないよね。
 美国探偵事務所(うち)にお宝なんて無いのに。
「まーた、お前か。ラスティ」
「ちょっ! 何よ、その投げ遣り感!!
 怪盗が盗みに入ってるのよ! もう少し危機感を持ちなさいよ!!」
「白昼堂々とガラスを蹴破って飛び込んでくる怪盗相手に、
 何をどう危機感を持てっつーんだ。
 そもそも、ウチには盗めるもんなんざねーぞ」
「……フン! その減らず口も今日までね!
 知ってるんだから、そこの――…、」
 え?
 ビシィッ! と、ラスティが俺を――、
 というか、俺が抱いている仔犬を指差して胸を張る。
「そのヘタレが抱っこしてる犬よ!!
 その子はさる大富豪のお孫さんのなのよ。
 見つけて届けてくれたひとに、な・ん・と、五百万円もの報奨金!!」
「ええーーーーーーっ!!?」
「……はぁ?」
 驚く俺とは対照的に、兄さんはドライな反応を見せた。
「何言ってんだお前。
 こんなこ汚ねー犬が、大富豪のお犬様なわけねーだろ。
 コイツはウチの系列の社員が拾ってきた、タダの雑種だ」
「ばっ…!! アンタ、新聞読んで無いでしょ!?
 今日の朝刊の一面に出てるわよ!
 疑うんなら、確認してみなさいよ!!」
 がうがう、とムキになって突っ掛かるラスティ。
 はぁ〜? 新聞〜? と、相手にしない兄さん。
 ――あれ、兄さん?
 の、背中に回された手が、あっちへ行けって手ぶり。
「あー、まぁまぁ、取り合えず新聞取って来るから、ほら。
 二人とも落ち着いて、落ち着いて。
 確か、奥にあったよね、恒ちゃん」
「え? え、いや――、 」
 今日の朝刊は事務所のテレビの上に投げっぱな――、
 正宗さんが、ラスティに背中を向けた格好で。
 しぃっ、とジェスチャーをしているのに気付いて。
「…多分、そうです。
 こっちに持って来てるはずなんですけど」
 咄嗟に、そんな嘘を口にして、奥へ。
 そのまま正宗さんに連れられるようにして。
 ワンコを抱いたまま、裏口から非常階段を下りて。
 促されるまま、ダッシュで事務所から逃げ出した。



正宗の出番が余りにないので出してみました
世話焼きのオカン正宗いいですよね
あと、ちょっぴり嫉妬させてみたり
ま、恒ちゃんが巧美好きなのは公式ですけどね