#71




「お前等。どっちでもいいから、オズの恋人になれ」

「え?」
「はい?」

 巧美ちゃんの一方的な言葉――というか命令?
 に、俺と香織は見事にハモッてみせた。
 相変わらず閑古鳥状態の美国探偵事務所。
 半ば美国社長の道楽――長期的な投資の意味もあるが――で運営されている、そこへ。
 仕事帰りに呼出されたかと思えば、面妖な頼まれ事を突き付けられて。
 面食らって、手にした紅茶のソーサーを落としそうになってしまった。
 危ない危ない。
「えー、っと。センセと? なんで?
 てか、オズセンセってペド趣味じゃなかった?」
「ああ、そうだ」
「なら、俺や香織は範囲外なんじゃないの?」
 OVER15の女の子は恐いからイヤだ!
 そう明言して憚らない、ガラスのハートの三十路変態医師。
 それが、闇医者オズという人物。
 ……な、はず。
「だから、本気じゃねーんだよ。"ふり"をしろって話だ」
「ふり…、ですか…」
 香織が腑に落ちないとばかりに、声を潜めた。
「この前、モデルとアイドルの結婚式の依頼があっただろ?」
「あー、うん。蘭君と、にょこたんね」
 あの時の香織のドレス姿は可愛かったなぁ、なんて。
 思い出し笑いに、へらりと頬を緩ませると。
 何やら勘付いたらしいパートナーに。
 右脚を靴の上からぐむ、と甘えるように踏み付けられた。
「それで――、おい、恒」
「何、兄さん?」
「そこの調査書持って来い」
「これ?」
 珈琲を乗っけたお盆を両手にしながら。
 巧美ちゃんの実の弟で、長毛わんこな恒ちゃんが。
 薄いピンク色の厚いファイルを巧美ちゃんへ手渡した。
「どうぞ」
 湯気の立つ珈琲は俺と香織の前へ差し出される。
 有難う、と軽く会釈しながら。
 巧美ちゃんの行動を目で追った。
 パラパラ、とファイルの中身を改めて。
 一枚、取り出したのは何の変哲も無い写真。
「……女の子?」
 そこに写っていたのは、ロングストレートの黒髪も清楚な居住い。
 年の頃は十六、七か。
 高校生位の、結構な『美』少女だった。
 所謂、ゴスロリと言うらしい。
 異様に装飾の多い黒のワンピースが良く似合っている。
「この少女が今回の件にどのような関係が?」
 写真を覗き込んだ香織も、小首を傾げるばかり。
「コイツはアレだ。元、蘭の追っかけのデブの一人でな。
 こないだのドタバタで、オズに一目惚れしたとかで。
 今、オズに付纏ってるそーなんだよ」
「…へぇ。こないだの…?」
 あの時の豊かな体つきの少女が。
 随分、スリムになったものだと感心していると。
 生真面目な口調で香織が疑問を口にした。
「わざわざ恋人がいるふりをしなくても。
 キチンと断れば良いのではありませんか。
 小さな子どもにしか興味が無いと伝えれば諦めるのでは?」
 直球だけど正論な香織は至極尤もで。
「ちょっとストレート過ぎる気もするけどね。
 しつこく付き纏うなら、それでいいんじゃない?」
 俺も香織の意見に同意。
 マトモな神経の娘さんなら、大体、これでドン引きして勝手に去っていく。
「ンなのとっくの昔に言ってあるっつの。
 それでも諦めないっつって、しっつこくてな。
 いい加減、どーにかしてくれって、オズが泣きついてきた」
「それはまた」
「オズ様にオトナの魅力を理解させるのが自分の役目だ〜、だとよ。
 逆に妙な方向へ張り切りだして、手に負えねーらしーわ」
「…うわ、強いなー」
 それだけ本気で好きだと言う事なんだろうけど。
 オズセンセにとってみれば、迷惑この上なし、だね。
「最初の内は軽いストーキング行為だけだったからな。
 元々、モデルの追っかけなんてやってたミーハーだ。
 どーせ、その内飽きて別の男に目がいくだろうと踏んでたんだが…」
「だが?」
「飽きるどころか。最近、行動が悪質になってるんだとよ」
「あらら」
 通常、迷惑行為への対応は警察へ相談が常識だ。
 相談を受けた彼等が迅速に対応するかは、別の話だが。
 しかし、モグリの医者であるオズが。
 そうそう公権力を頼るわけにもいかない。
「そこで、だ。
 お前等のどっちかをオズの恋人にデッチ上げて。
 デートしてるトコを目撃させる。
 で、オズは実はオンナに興味ねーんだってコトにしたいんだ」
「あ〜…、ナルホド」
 そういう作戦かぁ、と漸く冒頭の科白に納得して。
 それなら協力もやぶかさでは無いと。
「ああ、言っておくが。
 デート中に手を繋いで、キスして、シメはホテルな」
 思っや矢先に告げられた依頼達成必須条件に、口を噤んでしまう。
「………なっ!」
 がた、と。
 硝子のテーブルを蹴飛ばす勢いで、香織が立ち上がった。
「それっくれーやんねーと、信用しねーだろ」
「いっ…、いえ、けど、それは…!」
 焦る香織も可愛いなぁ、と。
 幸せな気持ちにほっこりしながら。
 俺様な巧美ちゃんへ、質問を投げ掛けた。
「チュー位ならべっつに減らないからいいけど。
 まさか、ベッドの中まで見せろとか言わないよね?
 視姦プレイは流石に上級過ぎるよぅー」
「阿呆か。ヤローの濡れ場なんざ誰もキョーミねーんだよ。
 ホテルに泊まるだけだ。そんで、イイ雰囲気で出て来い」
「おっけー、なら、俺が引き受けるよ。
 オズセンセにはお世話になってるしね」
「…米良ッ!」
 それに、香織にヤキモチ焼いてもらえそうだし。
 なんて、姑息な計算は心の奥の方に隠し込んで。
「待って下さい!」
「おぅ、なんだ?」
「どうして米良がそんな真似を、」
「なら、お前がするか? オズの恋人役。
 俺は別にどっちに頼んでも構わねーし」
「な”っ…!」
「ほらほら、巧美ちゃん。無理言わないの」
 巧美ちゃんに苛められて絶句する香織へ助け舟。
 幾ら、大好きな巧美ちゃんといえども。
 俺の香織にイジワルは頂けない。
「チッ、ウルセー保護者だな」
「!」
 億劫そうに目を眇める巧美ちゃんの態度か。
 それとも、口にした内容にか。
 表情を強張らせて、香織が反撃を試みた。
「…そもそも、
 どうして俺達に持ってくるんですか。
 それこそ、巧美さんが尾杜先生の恋人を演じれば済む話では?」
「ばっか、何で俺がンな真似しなきゃなんねーんだよ。
 変態は変態同士でつるんでろ」
「………」
 ゴミ蟲でも見るような冷血な視線で吐き捨てる巧美ちゃん。
 人でなしな言い分に香織は唖然。
「ちょっ、兄さん!」
 流石に見兼ねた恒ちゃんが兄の暴言を咎めるが。
 時既に遅く、フルフルと怒りに肩を震わせるのは。
 世界イチ大切で可愛い、俺だけの恋人。
「…っ、どういう…!」
「はーいはいはい、どーどー。
 怒らない怒らない。
 巧美ちゃーんも。
 香織で遊ぶのは程々にしてね」
「…そりゃ無理だな。
 お前と違って反応が素直で楽しーし」
「もー…」
「にしても、お前はホントにからかい甲斐ねーよな?」
「そりゃ、色々とオトナだからね」
「やーらしーな」
 ニィ、と。
 悪い顔で哂うのは。
 言葉の裏を正確に読み取ったからで。
「兎に角、この件は俺が引き受けたよ」
 後ろから抱き込む形で制している香織が。
 どんどん、不機嫌になっていくのに。
 可愛いなぁと苦笑を漏らしながら。
 脱線した話を強制的に軌道修正して終わらせた。



コミックネタですね。
アレは何時か使いたいと思ってました。
そろそろ香織は米良が嫉妬されたくて
ワザと怒らせる行動をしている事を
気付いてもいいんじゃないかと思いますが
かおりんなので気付きません。

悪いオトナに手玉に取られてるといいです。