#73




 おい、お前。
 そう、そこのお前だよ。
 まーだ、オズの追っかけしてんのか、懲りねーな。
 俺? フツーにオズに用だっての。
 ウチの事務所の掛り付けなんだよ、アイツ。
 そうそう、オズの幼児趣味を治すとか意気込んでるらしいじゃねーか。
 あ?
 文句なんざねーけど、ま、御苦労なこったなとは思うな。
 何せ、アイツ付き合ってる男が――…、
 っと、やべーやべー、なんでもねーから。
 うわ、何だよ。知らねーっての、ンなの。
 は? 金なら出す?
 へー、何だ意外に物分りいいな、アンタ。
 俺からってのは言うなよ?
 明日の昼に××駅前広場で待ち合わせだとよ。
 久々のデートだって意気込んでたぜ。
 ああ、信じられねーなら、行ってみりゃいいんじゃねーの?



 なんて。
 ワザとらしく撒きちらした餌に。
 目標は見事に食いついて、米良と尾杜先生を尾行していた。
 見た目清楚な美少女のゴスロリ黒ワンピース姿は結構目立つ。
 おそらく、二人も尾行にとうに気付いているだろう。
「…今のところ、大人しくしていますね」
「ああ、そーだな。
 ま、ストーカーっても所詮夢見がちなJKだしな。
 早々、ヤベー事にはならねーとは思うけどよ」
「ちょっと、兄さん。もう少し真面目にやってよ」
 屋台で買ったイカを片手に、呑気に言う巧美さん。
 その不真面目な態度に心配性の恒君は恒例のお説教モード。
 巧美さんは苦手だけど、弟の恒君との遣り取りは微笑ましい。
「!」
 ヒュゥ♪
 囃し立てる口笛が、右から左に抜ける。
「…わ、わ」
 もう何回目か分からないキスシーンに。
 毎回律義に赤くなる恒ちゃんの、
「はいはーい。お子様は見ちゃ駄目だよー」
 両目を、オカン役の正宗さんが塞いだ。
 そして――…、
「おい、ンな殺気立つなよ。香織。
 たかが、チューの一発や二発。笑って見過ごせなくてどーするよ」
「殺気立ってなんかいません」
「おいおい、よく言うぜ」
 溜息を吐きながら両肩を竦めてみせる。
 そんな巧美さんの呆れた様子も耳にはいらない。
 ギリ、と壁に立てた爪が厭な音をあげた。
 少し先が割れたかもしれない、けど。
 そんな瑣末に構っている場合じゃない。
 視線の先の二人の睦み合いに胸がそぞろと騒いでいた。
(……これは仕事、これは仕事、これは仕事……)
 自分自身へ言い聞かすように念じる言葉にさえ、苛立ちを覚える。
 何が、仕事だと。
 大体、本気でキスする必要性が何処にあるのか。
 フリでも充分なはずなのに、あんな、本格的な。
 しかも、何度も、何度も、何度も。
 その内の何回かは、わざわざ此方へ視線を遣って。
 安い挑発。
 その度に嫉妬で胸が焦げそうになる。
 と、尾杜氏が携帯を耳に、米良の傍を離れる。
 そして、その隙を窺っていたかのように。
 件の少女の足が、米良へと向かった。
「お、修羅場か?」
「兄さん、不謹慎だよ」
「お前、悪趣味だなー」
 愉しそうにする巧美さんを。
 恒君と正宗さんが窘めた。
 俺は米良が心配で何の沙汰じゃない。
 か弱い少女に米良が害されるとも思わないけれど。
 しかし、相手は無自覚な犯罪者。
「………」
 後姿から表情は窺えない。
 ひとつ、ふたつ、米良と言葉を交わして。
「――っ!」
 ザァ、と血の気が引いた。
「米良ッ!!!」
「テメェ、何してんだっ!!」
 尾行の距離がもどかしい。
 赤く染まる白いカラダを抱き締めようと、腕を伸ばす。
 けれど、脇腹を抉られながらも。
 血濡れたアルビノは。
 一層、美しくも儚く微笑んでみせた。



嫉妬の炎は100万ボルト(`・ω・´)