
#74
ふと、目を覚ませば見慣れた天井で。
香ばしく美味しそうな匂いが漂ってくる。
ふんわりタマゴのそれ。
ああ、今日の朝食は卵焼きが並ぶのかな、なんて。
「…米良」
「――… うん、おはよ」
心地良い声にふにゃりと頬を緩ませた俺の。
寝乱れた髪を、くしゃくしゃと。
撫でる指先は何時も以上に優しくて。
けれど、何故だか寂しげで、痛々しく、余所余所しい。
「………」
「かおり?」
刺傷は出血の割には大した事も無く。
取り合えずオズセンセのところで処置を済ませて帰宅。
問題行動を起こした例の女の子は。
美国の権力を経由して警察に保護して貰った。
別に、問題なんて何もないはずなのに。
どうして、香織は悲しげにしているんだろう。
「どうかした?」
流石に一晩経った位で、傷が完治するわけもなく。
元々、痛みは然程感じない体質なので、そういう辛さは無いけれど。
血が足りないせいか、頭と体がひどく重く感じられて。
持ち上げようと思った腕が、痺れて上手く動かせなかった。
「………」
「かおり?」
訊ねてみても、表情は暗く翳ったまま。
大切な最愛の恋人の不穏な様子に、不安が煽られた。
「ね…、どうしたの?」
まーた、巧美ちゃん辺りに苛められたのか。
それとも、オズセンセに揶揄されたのか。
タチの悪いオトナ二人は。
生真面目な若人を茶化すのが面白いらしく。
香織は格好のオモチャにされている。
「……めら」
ようやく絞り出された声に、うん、って頷いて。
柔らかく先を促すと、香織の口唇が戦慄いた。
「…いつも、俺はお前を……」
「……?」
「…どうして…、お前を守れるように…っ、強く――…、」
銃の扱いを覚えた。
物の壊し方を心得た。
人の殺し方を覚えた。
そうして手に入れた力が、
こんなに無力だなんて、悔しくて、歯痒くて。
嘆きながら、優しい涙を流す、美しい心が眩しくてくすぐったい。
「…香織は充分強くなったよ」
赴くままの言葉を紡げば、気休めは止せ、なんて。
少し、捻くれた反応。可愛くて。
僅かなら、いいかと。
「本当だよ。……だって、俺なら――…」
「米良…?」
「もし、刺されたのが香織だったら」
「………」
「多分、あの女の子に同じことをしてたよ」
「…同じ?」
「そう、同じ事」
にっこりと、頬笑みで真意を隠す。
同じ個所に、同じようにナイフを刺し込んで。
刃で肉を抉って。
何度も、何度も、刺して、抜いて、抉って、抜いて、貫いて、抜いて。
――…泣き叫んで、泣き喚いて、止めてと縋ろうとも。
ねぇ、俺はゆるさない。
ゆるせない。
ゆるせないんだ。
「米良…」
ああ、そんな表情(かお)をさせたいわけじゃないのに。
笑って――…、
「許せる、強さ。"人"の過ちを受け入れる優しさ。
それは俺には無いものだから。
だから、ねぇ、香織。
もっと自分を誇ってもいいんだよ?」
真っ直ぐな俺の恋人は、いつもいつも。
自分を責めてばかりで、そんなじゃ、苦しいばかりだろうに。
けれど、そんな不器用さも。
「大好きだよ、香織」
「………。お前は何時も二言目にはそれだな…?」
「ふふ、愛情(これ)以外俺が香織にあげられるものなんて無いからね」
「――…充分過ぎる」
隣で安らぐ時間、背中を合わせて甘えるひととき。
日常に潜む幸福が、どれだけ得難いものか。
成人にひとつ満たない恋人は理解している。
駆け足で大人になってしまった、可哀想な子ども。
けれど、彼をオトナにした一端は確実に自分にあって。
「…責任感じるなー」
「米良?」
「出会った頃は、こんなに小さかったのにね?」
そういって指先で描く姿は、トウガラシ並みの。
「幾らなんでもそんなに小さなわけ――…、
!! ばっ…!!」
「それが、今はこーんな…」
「ばかっ、米良!!
お前さっきまで腕も上げられなかったくせに!!」
ぐ、と左手を乱暴に掴まれてしまう。
真っ赤な顔が、可愛い。
俺の、
俺だけの、世界でたったひとつの、あいするひと。
「………」
「ちゅぅしてほしいな?」
「…重傷のくせに…」
俺のオネダリに香織は渋面、けれど、段々と近付く距離。
さん、に、いち、ぜろで、吐息が重なって。
やっぱり、香織とのキスが一番キモチイイ。
無意識に漏れた溜息は我ながら艶めかしくて。
二人きりの寝室の密度を濃くした。
米良は包帯やら血やらが映えますよね
関係無いですが本編のミニクーランド回
米良が眼帯じゃなくて包帯してたのが気になります
先生のメンテを受けた後…なんでしょうかね?