#76




 美国コーポレーション出資の遊園施設ミクニーランド。
 少し前から着工を開始していたんだけど。
 このたび、無事開園を迎えて。
 盛況ぶりに流石に初日は人手が足りないらしく。
 社長の護衛の俺達まで引っ張り出された。
 ――と言うのは名目上の話で、実は、潜入捜査を兼ねている。



「んだけど、いないねー」
「そうそう見つかるわけないだろう。根気よく探すしかないな」
「まーねー。でも、ちょっとバテてきたかも」
 熱射病にならないように、適宜休憩を入れているとはいえ。
 夏場の着ぐるみは自殺行為以外のナニモノでも無い。
 とにかく、暑いんだってば。
 しかも、センセのメンテ明けだから、ダルいし。
「…辛いのか?」
「少しね、香織はヘーキ?」
「俺はまだ…、けど、…そうだな。
 米良、一度スタッフルームへ戻ろう」
「休憩っ!?」
 ぴくっ、と嬉しそうに反応する俺に、そうだな、と頷く香織。
 センセのメンテ後の香織は凄く優しい。
 何時も優しいけれど、甘やかし方があからさまと言うか。
「ボサッとしてないで行くぞ」
「はーい」
 てこてこてこ、歩き難い着ぐるみ姿で早歩き。
 広大な敷地に建てられたミクニーランドだけあって。
 スタッフルームはあちこちに存在している。
 共通のカードキーで開けられるので便利。
 更に言えば、これは極一部の人間しか知らないけれど。
 スタッフルームから地下道へ下りる事が出来る。
 緊急用の脱出ルートというやつなんだけどね。
 歩くこと三分、辿り着いた最寄りのスタッフルームで頭を外す。
 もふぁ、っと上がる熱気に死にそう。
「ぷぁーっ、あっつぅ…」
「水でも飲むか?」
「ちょーだいー」
 冷房がきいた室内は涼しくて極楽夢心地。
 内部に設置されている自販機から天然水を購入して。
 ペットボトルをぺたりと頬に当てられる。
「ひやっこぃ〜」
 すり、と懐くと、飲んでおけと渡された。
「全部脱いだらどうだ?」
「あー、そだね。暑いし」
 ごくごくと、水に口をつけてから。
 もふもふとしたパンダを投げ捨てるように脱ぐ。
 香織も、可愛いんだけど暑苦しい黒ネコさんを。
 汗で張り付くのに手こずりながらも。
 ロッカーの方を向いて脱ぎ始めていた。
 薄手のワイシャツが少し透けて…、眼福。
 ちなみにこの着ぐるみ姿。
 冬場なら暖かいんじゃないかとか。
 そういうモノでもないから、ホント、辛いバイトだと思う。
 冬は冬でキチンと寒いからタチ悪いよね。
「しかし、見つからないな。例の不法侵入者」
「まー、これだけ敷地が広ければねー。
 もう少しセキュリティ面を考えないと危ないよね」
「そうだな。この施設には社長も視察にみえ…、っ」
 頷く香織の声に動揺が走る。
「ばっ、何してる! 米良ッ!!」
「何って、香織が脱げって言ったくせにー」
「脱げって言ったのは、着ぐるみだ、着ぐるみっ!!」
 ニャアニャア、毛を逆立てて怒る可愛い恋人に。
 シャツの前を全開に、ズボンも脱いで生足を晒しながら。
 ん、とキス待ちで甘えてみる。
「…っ! ばっ、こ、ここっ、
 ここはスタッフルームだぞ!」
「知ってるよ?」
 真っ赤な顔で戸惑う香織に、更にキスを強請る。
 別に自分から仕掛けてもいいんだけど。
 初心な反応が楽しくて、ついつい意地悪してしまう。
「…いいから、服を着ろッ! 馬鹿者っ!!」
「ちゅーしてなきゃヤダなぁ」
 くすくすくす、子どもっぽく駄々を捏ねると。
 香織は、見慣れた困り顔でふいと視線を逸らす。
 伸ばして触れたリンゴ色の頬は熱い。
 甘さを、確かめたくなる。
(…やっぱり可愛いなー、香織)
 ふわふわの黒髪も。
 キュゥと噛み締めた口唇も。
 うるると潤んだ瞳も、全部。
 食べてしまいたい位、愛しくて。
 そういえば、香織は未だに抱かせてくれないなー。
 なんて、ふと下らない事が浮かんで口にしてみる。
 香織がタチ以外やりたがらない事は知ってるけれど。
「ね、たまには俺がタ…」
「っぷあー、あっついあっつい。
 もー、黒(ヘイ)先輩。酷いですよ、俺にばっかこんな役回り」
「若いくせに文句言うな」
 のを、絶妙なタイミングで邪魔された。もう。
「って、あれー。米良先輩と香織先輩じゃない、で、す、…… か?」
 俺や香織と同じ、美国の護衛役を務めるひとたちで。
 黒さんと、君人(きみひと)くん。
 ちなみに、"黒"ってのは名前は本名じゃないらしい。
 君人くんはまだ見習いみたいなもので。
 教育係を兼任するパートナーの黒さんと何時も一緒。
 その君人くんが、俺と香織を交互に見比べて。
 カァ、と面白い位に見事に茹だった。
「ちょ、わ、え、 な、ななっ、なんで米良先輩脱いっ…!!?」
「暑かったから」
 動揺しまくる君人君に、にっこりと笑顔で返しながら。
 さり気なく、胸元を隠してシャツのボタンを留める。
 首筋は包帯を巻いているから見えないはず。
 そして、俺の答えに一瞬ポカンとしてみせた君人くんは。
 ああ、なーんだ、そうなんですか。
 そういえば、二人共着ぐるみ姿でしたよね。
 外、メッチャ暑いですよねー。
 炎天下つーんですかこれ。真夏日?
 そうだ、聞いて下さい。香織先輩、米良先輩!
 黒先輩すげー酷いんですよ。
 俺だけ、こんなもっふもふの垂れ耳ワン公の着ぐるみ着せるとか。
 どんな鬼畜だっつーの! ちょっと先輩達からも何か言って下さいよ。
 と、納得して、次々と矢継ぎ早に言葉を並べ立ててくる。
 暑かったから、なんてベタなセリフを鵜呑みにしちゃう辺り。
 香織に負けず劣らず天然だなー、と。
 呆れるやら感心するやら。
「とにかく、せめて下を穿け。米良」
 そんな香織はまだ微かに紅い頬のままで。
 苦虫を噛み潰した顔で脱ぎ捨てた服を投げてくる。
「えー、いいじゃん。
 ここ男性用ロッカールームだから、女の子は入って来ないし」
「あ、じゃー俺も脱ごうっと!」
 無邪気に言う君人君は。
 ワンコの着ぐるみの頭をぽんとテーブルに投げて。
 バッと勢い良くランニングを脱ごうとする。
 ――のを、御目付け役の黒さんが。
 ペンッ、茶色い頭を叩いて止めさせた。
「アホ、何処まで脱ぐ気だ」
「ったぁ〜、イキナシ殴るなんて酷いっすよ、黒先輩〜。
 大丈夫、パンツは脱ぎませんって!!」
「………」
「じょっ、冗談ですって!」
 ギロリと強面に睨まれてひゃと首を竦める君人君くん。
 相変わらず可愛いなー。
 香織や恒くんとはまた違う可愛さに、ほんわかする。
「まーまー、そんなに怒らないでも。
 暑いんだし、上は脱いじゃっていいんじゃない?
 なんならシャワー浴びてくる?」
「え! いいんですか!?」
「暑いしね。園内の警戒は別に俺達だけがやってるわけじゃない」
「さっすが、米良先輩っ! マジ好きっす!!」
 わんわん、抱きついてくる君人くんの髪を撫でて。
 俺もすきだよー、と応える。
「米良、ソイツをあまり甘やかすな。
 オラ、そろそろ行くぞ」
「うぇぇ…、黒先輩の鬼畜〜、人でなしー。
 今来たばっかじゃないすかー」
 ヤダヤダと駄々を捏ねる君人くん。
「そうそう、あまり後輩を苛めちゃ駄目だよぅー」
「そうっすよ、黒先輩。優しさが大事です、優しさが」
「半人前がナマ抜かすな。
 ったく、前のは手ェ掛からなくて楽だったんだがな。
 お前は口だけじゃなく、ちった、香織を見習え香織を」
「………」
 あ。
 と思った。
 ワンワン誰にでも懐く可愛い仔犬は。
 実は、結構負けん気が強くて。
 しかも、誰より憧れの先輩な黒さんに認めて貰いたいって。
 そう思ってることは誰の目にも明白なのに。
 よりにもよって、ひとつ前の生徒の事を褒めるなんて。
 ちょっと地雷じゃないかなぁ、ってハラハラしてると。
「…そういう言い方しなくてもいいじゃないスか」
 案の定、君人くんはお冠モードになってしまった。
「ん?」
 そして、張本人は全く分かっていない。
「ん? じゃないです!
 俺だって頑張ってるつもりなのにっ…!
 そりゃ、香織先輩は優秀ですよ!
 俺より年下なのに、もう一人前だし。
 立派に米良先輩のパートナーを務めてるんスから!!」
「…お、おい?」
 不審気に眉をひそめる黒さん。
 けど、君人くんの癇癪は止まらない。
 こういう突発的な状況に滅法弱い香織は。
 オロオロと君人くんと黒さんへ視線を彷徨わせている。
「でもっ…、俺、
 ………。
 香織先輩っ、ちょっと米良先輩借りますっ!!」
「ふぇっ!!?」
「…え、君人くんっ?」
「おいおい、君人?」
 唐突に腕を引かれる。
 えええ、ちょっと待って、ズボン脱いだままだってば。
 慌てて乱れた衣服を整え、君人くんにずるずる引き摺られていく。
 香織と離れ離れが寂しいけれど。
 君人くんだって可愛い後輩には違いないので。
 取りあえず、まぁ、仕方ないかって。
 香織へ目配せをしながら。
 大人しく腕を引かれた。



オリキャラをリサイクル活用。
香織は19歳の若さで認められているので。
実はかなり優秀なんじゃないかな、と。
同じワンワン属性でも、君人くんは、
日本犬系わんこです。
恒は公式イメージ通り長毛わんこですね。