#79




「…なるほど、そんな事になってたんだねぇ」
 感心する俺に、隣を歩く君人くんは、コクリと無言で頷いた。
 ミクニーランドの敷地は広大で。
 とても、一日じゃ回りきれない豊富な遊戯施設が自慢。
 それだけに、人探しとなると困難なんだよね。
 見つけられるといいけど。
「最初は、全然そんなんじゃ無かったんです。
 見た目怖いけど、デキる男って感じでカッコイイし。
 冷たそーだけど、意外と優しいっつーか、面倒見良くて。
 目標っていうか、先輩として憧れてて」
「うんうん、黒さんはカッコイイもんねー」
「そのうち、黒先輩に認められるようになりたいって思い始めて…」
「偉い偉い。向上心があるのはイイコトだよ」
「黒先輩について、一年半位の頃だと思うんですけど」
「うん」
「お前も、ようやく使えるようになってきたな、って。
 …黒先輩に、初めて褒めて貰えたんス。
 よくやった、とか。上出来だ、とか。
 そういう風に言われた事はあったんですけど。
 なんか、その時はいつもと違くて」
「…うん?」
「卒業試験の事、そこで初めて黒先輩から伝えられたんスよね」
「あれ? 最初に説明を受けなかった?」
「聞いてなかったッス!」
「…いや、力いっぱいに言われても」
 流石、君人くん。
 基本的に、なんとかなる、で生きているらしく。
 困ったことに直面しない限り、ちゃんと人の話を聞かない。
 危機管理能力が低いのか。
 実戦強さから、『備える』必要性を感じていないのか。
「SPとして無理そうなら、部署替えがあるとは聞いてたんスけど…。
 あんま、真剣に考えて無くて。
 どーにかなるだろうとか思ってたんですよね」
「まぁ、実際どうにかなってるし。いいんじゃない?」
「…そーなんすけど。
 俺が言うのもアレっすけど、米良先輩軽いッスね」
「あははー、性分だからねぇ」
「そういうとこ、スッゲェ好きです!」
「ありがとね〜」
 のんびり、のほほん。
 可愛い会話を交わしてみせた後に、君人くんはストンと落ち込んだ。
「…のに、なんで俺…。黒先輩なんだろうなー」
「うん?」
「惚れた相手、…です」
「やー、でも。黒さんカッコイイよ?」
「カッコイイのは知ってます。
 マジ強えーし、冷静だし、判断力あるし、オトコマエだし…」
 ああ、ノロケられてるなぁ、と思うものの。
 これ位は黙って聞いてあげられる余裕はあるので。
 うんうん、と頷いてみる。
「…俺、可愛い女の子とかエロいオネーサマとか大好きなんですよ?
 フツーに健全に不健全なエロ野郎だったのに…。
 万が一、こっちにハマるにしたって。
 美人さんで優しい米良先輩なら分かりますよ?
 なんで――、いや、カッコイイっすけど! カッコイイけど…!」
「けど?」
「………」
 先を促してみるけど、言い難そうに口籠る君人くん。
 結構、なんでも明け透けに口にする性格なので。
 こういう煮え切らない態度は、かなり、珍しい。
「…何でも無いです」
「ホントに?」
「いやもう、ここまで言ってなんですけど。
 あんまりかなーとか、ちょっと、はい」
「今更だし、別にいいんじゃない?
 もう何を言われても驚かないよー?」
「……ホントっすか?」
「うん」
「…マジでひかないで下さいよ?」
「ひかない、ひかない。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「………」
 適当な相槌に不信感でいっぱいのジト目を送ってくる君人くん。
 けれど、まぁ、実際に何を言われても引かない自信があるし。
 これが、優しさなんて言われる上等なものじゃないのは確実だけど。
 基本的に香織以外の人間に、関心が薄いだけで。
 それでも、後輩の君人くんは可愛くて。
 何かと気を配ってくれる、先輩の黒さんも好きだし。
 幸せになってもらいたいと思うのも、本当のところ。
「じゃー、言いますけど。
 黒先輩の×××に俺の×××を×××て、
 そんでもって、××を×××にして、
 ×××な××××を、もがっ」
「はい、アウトー」
 卑猥な単語が次々飛び出す君人くんの口を塞ぐ。
「もがっ、もががっ」
「ダーメ。ここは、ほら、健全優良な全年齢向けテーマパークだからね?」
 流石に、見るも微笑ましい親子連れや。
 可愛らしい女の子グループ達が通りすがる道端で。
 ×××やら××やらの発言を許すわけにはイカナイので、規制。
「やー、でも、引きはしないけど。
 意外っちゃ、意外だね。君人くん、黒さんを抱きたいんだ?」
「……わ、あんまりズバッと言わないで下さいよっ!
 なんか、照れるじゃないですか…」
「…そう?」
 白昼堂々、あんなNGワードを連発しておいて、今更。
 と思わないでもないけど。
 まぁ、若い子は色々葛藤があるということにして。
「あー、と。なんか、話が脱線してるんで戻しますね。
 そんで、研修卒業試験の事を聞いて。
 そしたら一人前だからバディは解消になるって言われて」
「余程相性が良ければ、そのまま正式パートナーになるけどね」
「そうなんスよ〜…。
 俺、どーしても黒先輩と離れるのが嫌で。
 でも、その時は何でそこまでって。
 自分でもワケ分かって無かったんですけど」
「うんうん」
「そんで、二年目に入ったくらいに。
 頑張って三年で卒業するんで、
 俺と正パートナーにして下さいって頼みこんだんス」
「わぁ、積極的だねぇ」
「黒先輩は最初メッチャ渋ってたんですけど。
 そっから、毎日言い続けたら、しょーがねーなって許してくれて」
「良かったねー」
「…そんときの、くしゃって笑った顔がメチャクチャ…、
 …………かわいくて………」
「うん?」
「――…キス、してたんです。
 すげー無意識で、気付いたらやっちまってたって感じで」
「いいんじゃないかな。それ位押せ押せじゃないと、オトせないよぅ?」
「…そこで初めて自分のキモチ自覚したってーか。
 そっからは、そういう意味で猛アプローチしまくって」
 赤くなりながら、もごもご、説明してくれる君人くんが可愛くて。
 ふにゃり、と頬が緩んでしまう。
 そーいえば、最近、君人くんの黒先輩への懐きぶりが。
 以前(まえ)にも増して、とは思っていたけれど。
 こんなことになっていたとは。
 子どもの成長は、なかなか、侮れない。
「けど、ソッチの返事は俺が一人前になってからだって。
 ずっと、保留になってたんス」
「うん」
 即答しない辺り、脈があると期待出来なくも無いけれど。
 後輩想いの黒さんの事なので。
 拒絶が君人くんのコンディションに。
 悪影響を及ぼす事を懸念しての保留とも考えられるんだよね。
 嫌いじゃないのは分かるけれど。
 抱かれてもイイ、って位好きなのかは、分からないし。
「そしたら、このバディ解消の話で…っ!
 誤解かもしれないし、ちゃんと聞いたほうがいいかとも思ってて。
 けど、そーすると俺が立ち聞きしたことバレるし。
 そしたら、ンなことするヤツは信用できねーとか。
 逆に嫌われたりしたら、もう、立ち直れないだろうとか。
 つーか、なんで、そういう話をナイショにしてんのか、とか。
 ……バディ解消したいくらい、
 俺の事――、ウザいんかな、とか……、」
 あーあ、段々語尾が消えていくよぅ、可哀そうに。
 足を止めて肩を落とす君人くんの、茶っこい毛並みを可愛がる。
 ぽむぽむ、と、何とも素敵な感触にほんわかした。
「よーしよし。大丈夫だよぅ。
 少なくとも、黒さんは嫌いな相手を可愛がれる器用さは無いからね」
「……そうッスよね。
 そうなんですよ。も、そこだけが唯一の救いだったのに〜。
 なんで、バディ解消して…、
 まるで俺から逃げるみたいじゃないッスか〜…、黒先輩のばかぁー」

「誰が馬鹿だ」
「!?」

 園内で喚く君人くんの頭をポカリと。
 完全に虚を吐かれて、目を丸くする雑種系わんこ。
「こんな往来で人の名前を叫ぶな、阿呆」
 市街戦のスペシャリストとして勇名を馳せ。
 一線を退いてからは。
 美国のSPとして雇い込まれた経緯の持ち主な。
 凄腕な黒さんが、君人くんの背中に立っていた。



他所のバカップル事情に巻き込まれる
NO.1バカップルというカオスな構図