#85




「何を見てるんだ?」
 ひょい、と。
 美国探偵事務所に迷子のわんこを送り届けて。
 ひと悶着の後に、自宅のマンションに戻ってきた。
 もう外は暗い、夕飯を出前で済まそうと宅配店へ電話をかけてから。
 そのまま、スマートフォンで例のページを見ていたら。
 大切なパートナーが背中から手元を覗き込んできた。
 気配すらも愛おしい、大切な大切な恋人(パートナー)。
 堅苦しいスーツ姿もストイックさがえっちくて好きだけど。
 家猫のようにリラックスした、普段着の香織も可愛くて好き。
「米良…・。お前、まだ催眠術のページを見てるのか?」
 げんなりした声がおかしくて、つい、構いたくなるのは。  オトナの悪い癖だと自覚しているけど。
 香織の反応が可愛いので仕方が無い。
「香織もやってみる?」
「お断りだ」
 キッパリと拒絶された。
 無駄な言い訳を一切せずに、NOとだけ突き付けてくる姿勢が気持ちいい。
「えー、どうなるか興味無い?
 ホラ、これなんて楽しそうだよ。
 恋人にキスしたくて堪らなくなるんだって?」
「…それはお前の願望だろ」
 呆れたとばかりに軽く溜息を吐かれてから、ちゅ、と頬に優しく触れられた。
「!?」
 不意討ちにビクッと飛び跳ねて、咄嗟に香織の方を振り返ると。
 仕掛けた本人のくせに、真っ赤な顔をして、バツが悪そうに視線を逸らされる。
 何時まで経っても、甘い遣り取りに慣れない年下の恋人が愛おしい。
「えへへー、香織ー、大好きだよぅ?」
「知ってる」
「ねぇねぇ、香織は?」
「言わない」
「えー、けちー」
 今更、言葉にされなくても理解っているし。
 無理に言わせる気も無いけど。
 時々、イジワル心が疼いて聞いてみたくなる。
 好きな子にイタズラしてしまう小学生男子と同レベル。
 自覚はあるけど、止められない、トマラナイ。
「けど、びっくりしたなー。まさか巧美ちゃんがホントにチューするとは思わなかった」
「誰の所為だと思ってるんだ」
「えぇー? 俺の所為かなぁ?」
 確かに、記憶を取り戻す為の逆行催眠なんて言って。
 その実、好きな人にちゅーしたくなる、って内容の催眠をかけた。
 ちなみに、巧美ちゃんと恒ちゃんには伝えてません。
 二人の関係がギクシャクするのは嫌だしね。
 催眠失敗ってことにしてある。
「ねー、香織〜?」
「なんだ?」
 冷蔵庫からミルクを取り出して、飲む、仕草。
 嚥下する動きに合わせて滑らかに動く喉仏が色っぽい。
「今度、社長が視察するガッコの事なんだけどさ」
「ん?」
 仕事の話に切り替わった途端、顔色を変え、真剣に話に耳を傾けてくる。
 根っからの仕事人間だなぁ、と恋人の生真面目さに苦笑を零しつつ。
 資料として渡された学園パンフレットを、肩越しに香織へ手渡した。
「…… へぇ、 確か美国が試験的に出資してる学園、だったか?」
「そうそう。ここさ、面白いらしいよ」
「何がだ?」
「オバケが出るんだってさ」
「…………………へぇ。」
 物凄く不自然な間を開けられて、頷かれた。
 可哀想なモノを見る目に、ちょっとだけ傷付いてしまう。
 そんな全力で否定しなくてもいいのに。
「ホントだよぅ?」
「そうか、それは良かったな。
 それで、社長のスケジュールはどうなっているんだ?」
「…信じて無い…」
「目の前で人体模型が踊り出したら信じるさ。
 ほら、サッサとスケジュール表も寄越せ。予定を控えておきたいんだ」
「もー、頭が固いなぁ。ホントらしいよぅ、動く人体模型にトイレの花子さん。
 学校の怪談の鉄板だよね。他にもいるらしいけど――… っ」
 ぐい、と顎を掴まれて無理矢理後ろへ傾けられる。
 そのまま、噛み付くようなキス、黙れと言う事らしい。
「これ以上下らない事を言うようなら」
「ようなら?」
 離れてゆく吐息を惜しむように、隻眼を細める――、 
 誘い込む仕草は勿論、ワザと、だ。
「余計な事、考えられないようにしてやる」
「……ふふ、どうやって? …んっ…」
 キス、――けど、今度は左耳に、上擦った息遣いに興奮してしまう。
「分かっているくせに、聞くんだな?」
「…えー? 分かんないから聞いてるんだよぅ?」
 忍び笑いで嘘を吐く、馬鹿か、なんて甘く詰られるのがキモチイイ。
「…めら」
「うん?」
「学校で思い出したんだが」
「……?」
 折角、イイ感じに盛り上がっていたのに。
 ちょっと残念に思いながらも、香織の台詞に意識を傾ける。
「七つの怪談の八個目の話は知ってるか?」
「……? 七つなのに、八個目の怪談話?」
 知らない――、聞いた事も無い。
 学校の怪談と言えば七つと相場が決まっているし。
 ローカルネタだろうかと首を傾げると、香織は何でもない、と言葉を濁して。
 そのまま、与えられる快感に溶かされ、溺れてしまったから。
 八つ目の怪談について、その日が来るまで、全く記憶から消え去って、いた。


某学園とのクロスオーバーフラグ
学園パラドキシア面白いですよね

2011/7/7 初稿