
#86
『豊葦原学園』
大学のようなオープンキャンパスに夏の日が燦々と降り注ぐ。
社長の護衛役として、香織と二人美国が出資する開放的な学園へやってきた。
キラキラ光る校舎、瑞々しい樹木、行き交う制服姿の少年少女達が眩しい。
「うーん…」
広々とした中庭ベンチに腰掛けながら、唸る。
お化けが出る学園、だとか噂で聞いていたけど。
そんな雰囲気は欠片も無い。
万が一、その類がいたとしても、そそくさ尻尾をまいて逃げていきそうだ。
それ程、若い生命力と活気に充ちた世界が目の前に広がっていた。
ねぇ、ちょっと行ってきてよ
やだ、恥ずかしいもんっ
ガッコの関係者じゃ無さそうだよね
どっちでもいいよー、かっこいいもん
だから、誰か行ってきてってば
ならアンタが行きなさいよー
こそこそと、こそばゆい女の子たちの噂話が途切れ途切れに届く。
今日は午前終わりなのか、チャイムが鳴っても一向に散ろうとしない。
結構、ユルい校則なんだろう。
学生達から学園生活を謳歌している雰囲気が伝わってくる。
いいなー、青春だなー、ってほっこりする。
「ちょっと、そこの貴方!!」
ザッ、と目の前に長い屈した、ええと、ニーソックス。
オーバーニーレングスソックスを穿いた女の子が目の前に仁王立ち。
ロングのふわ髪がとても可愛いくて、魅力的。
少女の後ろには、ダブル眼鏡の男子生徒が二人。
強面――、ってワケでは無いけれど。
カタギじゃないニオイがする。
所謂、御同類。
「はいはい、何かなー?」
へらっ、と手を振る、と、ぐっ、と怯む女の子。
可愛いなー、初心い反応だなー、って内心ニヤニヤしてしまう。
若い子はいいよね、勿論、香織が一番なんだけど。
「何かな、じゃないわよ! 私は生徒会長の不動寧々!
貴方、誰の許可を貰って校内にいるわけ!?
オープンキャンパスとはいえ、不審者は取り締まりの対象よ!」
「俺は美国社長の護衛だよ。入校許可証もあるけど、確認する?」
「……みくに…、」
「寧々様、確かに今日は美国コーポレーションの代表取締役との予定が入っています」
「…そ、そう? ならいいけど、下手な真似はしないで頂戴!
貴方の所為で校内の風紀が乱れて仕方が無いの!!」
「? エート? 俺はここに座ってただけだよぅ?」
特に何もした覚えが無い、ので、正直に問い返してみる。
すると、キッと眉を吊り上げて怒られた。
「そ・れ・が、問題なのよっ!
銀髪、碧眼(眼帯)、白スーツに、手袋!! いやらしいのよっ!! 存在が卑猥なの!!」
「え、えぇ〜……」
きぃっ、と金切り声をあげられて、こてん、と小首を傾げてしまう。
存在が卑猥だとか、初めて言われ――ても無いけど、まぁ、結構言われてるけど。
「でも、社長の用事が終わるまでは校内で待機だし、無暗に校舎内をウロつくのも駄目でしょ?」
「………ぐ、 な、 ならっ、 付いてきなさい!」
「何処に?」
「いいからっ! ホラ、早く!!」
「りょーかいー」
香織は社長の傍で、一緒に学園長に挨拶をしてる。
まだまだ、戻ってきそうに無い。
丁度いい暇つぶしだと、ベンチから腰を浮かした。
「お邪魔するわよ、浄霊委員会!」
断りの台詞と同時に、バーンと部室棟の一室を大きく開ける。
行動に一切の迷いが無い辺り、顔馴染みの関係なんだろう。
「またお前らか、今日は何なんだ、一体」
「うわ、不動寧々。何しに来たのよ」
「いらっしゃーい、どしたの? 依頼?」
教室の中には三名の男女、だん…、じょ?
あれ?
「なんて私がヘボ委員に依頼なんかするのよ。
そうじゃなくて――…、貴方、名前は?」
「ん? 米良だよ。米に良いで、メラね」
「そう、じゃあ貴方。この部屋にいて頂戴。
そこの暇してるボンクラ共とおしゃべりでもしてなさいな」
「…ちょっ、急に来て何勝手に話を進めてるのよ! 馬鹿じゃないの!?」
「うっさいわね! 妖怪尻乳女!!」
「なっ、誰が妖怪尻乳よ!?」
「アンタに決まってるでしょ!! っにしても、暑いわね。
一成、七緒! どうにかして頂戴」
「はっ、寧々様」
寧々『様』呼びに、不動、の名字。
何処かで聞いた事あるなー、とぼんやり思い出す。
確か、結構な大財閥のはず。
だったら、二人の男子学生は彼女のお伴なのかな、と納得して。
「あっ、こら! 不動守! ヘタに精霊を召喚するな。この間みたいなことになるだろう!?」
真面目そうな黒髪の男子学生が、白眼鏡の行動を止めに掛る。
…うん、今ナチュラルに精霊召喚とか聞こえた、気がする。
「フッ、舐めて貰っては困るな。坂神練司。
この不動守、二度と同じ轍は踏まぬ!!」
一成、と呼ばれる方の学生が高らかに宣言する、と同時にひんやりと涼しい冷気が。
「お?」
「うわー、すずしーい」
一気に室内の温度が下がる、ちょっとした不思議現象にも関わらず誰一人騒ぎ出さない。
「なんだ、大丈夫じゃないか」
「ふ、当然よ。今回はシッカリ契約済の雪精霊を召喚したからな」
部屋の中心にキラキラと輝く、蒼いクリスタルのような光。
そこから適度な涼しさが部屋を満たしていく。
「………」
どうやったんだろう、聞いてみたい衝動を取り敢えず呑み込む。
「で? 不動寧々、その後ろにいる見慣れない男は誰なんだ」
「美国コーポレーションの社長の護衛らしいわ、学園長と面談中のね」
「へー…?」
「よろしくー」
へらり、緩い笑顔で挨拶をすると、む、と奇妙に畏まって頭を下げられた。
「初めまして、坂神練司と申します」
黒髪の彼――、坂上君は真面目な性質みたいだね。
「よろしくぅー、聖(あきら)だよー」
そして、もう一人の金髪の男子学生が人懐こい笑顔を浮かべてくる。
見た目はイマドキの若者らしいけど、結構礼儀正しそうな感じかな。
「そんでもって、こっちがウチの委員会のヒロイン、大槻り――、 あれっ?」
くるり、振り返る視線の先に居たはずの『少女』は忽然と姿を消していた。
「あれー? 凜ちゃーん?」
「ボブカットの女の子なら、寧々ちゃんと云い合いしながら出て行ったよ?
尻乳妖怪女とか、胸の格差社会だとか言ってたけど」
そう教えると、わちゃー、と聖君が眉を下げる。
「どうする? 練司〜」
「放っておけ、何時もの事だ。
それよりも気になる事がある」
「うん? 何?」
「………」
黒髪の子――坂神練司君が、てこてこ、臙脂色の組紐を手に近付いた。
「失礼、」
「うん?」
物凄く真剣な顔で見上げられる、何だろう、って目を細めると意を決したように話し出した。
「急にこんな事を言われて戸惑うでしょうけど…、
タチの悪い動物霊(モノ)が憑いてしまっている。至急祓わせて貰うが問題無いか」
「………」
「れ、れんじ、れんじっ! どう見ても、怪しい人だよっ!? 先に説明をしないと!!」
ポカンとしていたら、聖君が横からフォローしてくれた。
…うん、流石に今チョット付いていけなかったから助かった。
「ごめんねー、えーと?」
「米良だよ。良い米な、メラね」
「了解。米良さん、急におかしなこと言われて吃驚したと思うけど。
練司ね、高校生退魔師なんだ! 腕効きなんだよ!」
「へー?」
高校生、タイマシ。
そういう世界も一通り知ってはいるので、取り敢えず納得。
「それで、そのタチの悪い動物霊って何なんニャ…… 、」
………。
ニャ?
思わぬ語尾に固まっていると、聖君が気の毒そうな顔をして、サッと手鏡を差し出してきた。
その中に映っていたモノは、
「………ニャ、ん、」
銀色の猫耳を付けた、眼帯の男――、 つまりは自分の姿、だった。
猫化の米良、にゃんにゃん