朧月夜

―――――――――――――――――――――――――――


「あっ…」
 思わぬ声、だった。
 単なる聞き間違いだろうと、酒の低迷感にゆったりと彷徨っている内に、更に甘い響きが届く。
「ッ…、だ、め…だっ、あァ…ッ、はぁ」
 ソレが、どういう声なのか――分からない程幼くは無いが。
 そこから推測される結論が、脳裏に浮かび上がった人とうまく結びつかない。
 いや、例え尊愛する無上の存在といえど、性欲はあって然るべきものだ。
 行為自体は別段――正常な男なら寧ろ当然だ。
 おかしくはない。
 おかしくは、ない、のだが。
「……ベナッ、ウィ…、――めっ、お、ボロが…」
「大丈夫。すっかり酒に飲まれて眠りこけていますよ。ご安心を、聖上。
 それより――そんな事を気にする余裕がまだあるのですね。
 手加減は無用、ですか?」
「…や、ベナ、ウィ……ッ」
 くちゅ、と卑猥に濡れた音が響き、甘い吐息が夜の気配に密やかに零れる。
「ああ…、もうこんなにして。はしたない人ですね。
 そんなに私が待ち遠しいのですか?」
「……ッ、ベナッ…」
 煽る言葉に反応して抗議の為に語尾を上げたも束の間。
「なんですか? 聖上」
「――…ッ、や、アァッ……!」
 快楽に蕩かされた声に先を失う。
「は、…ン、んっ…」
「奥まで――はいりましたよ。聖上。
 ゆっくり息を吐いてください、このままでは貴方が辛い」
「……ッ、ゃ、むり…っ」
「いつも…、していることですよ?
 貴方は本当に何時になっても慣れてくださらない…。
 けれど、そんなところも愛しくてたまらない」
「……! ぁ、や、前っ、さわっ…」
 艶を増した声に漸く、オボロは正しく現状を理解した。
 つまり、ここは兄者――聖上の寝所で。
 日々、ベナウィ野郎に仕事を押し付けられる鬱憤を晴らしに極上の酒を土産に押し掛けたまでは良かったが、もう就寝の時間だと言うのに、全ての元凶である嫌味鬼畜ヤロウが木簡に認められた内容で確認があると、のうのうと俺と兄者だけの酒盛りを邪魔しに来て――…、
(…そうだ。それで、アイツに突っかかって行って…)
 ひとつ、ふたつ、その言葉通り確認事項を兄者へ見てもらうと、用件は仕舞いとばかりに部屋を出て行こうとしたアイツを引き留めたのは、他の誰でも無い自分自身だ。その頃には随分酔いが回っていて、タチの悪い絡み方をしたのを、なんとなくだが覚えている。それから、当然のように飲み比べという話になり――…、
(…だせぇ。俺、酔いつぶれてたのかよ…)
 勝負の前から随分酔いどれていた為、ある意味結果の見えた勝負ではあったのだが。自分から持ち掛けておいて、無様な負け戦とは武人としての恥だ。いや、しかし今はそれどころでは無く。
「……や、ッ…、ぃや…っ。
 ベナッ、ッ……、ひっ……」
「ふふ、…聡明なあなたが、こんな…臣下に嬲られて悦んでいるなんて。
 貴方に心酔しているオボロが知ったら、顔色を失くすでしょうね」
「……ッ、だ、ったら――…、
 こ、んなっ……、あ、ッ……!」
 おそらく、そのオボロが隣で泥酔しているこんな場所で事に及ぶなという苦情なのだろうが。
 全て淫蕩な悲鳴にかき消されて、抗議は意図せぬ喘ぎで塗り替えられてゆくばかり。
「…聖上、聖上……。愛しています、我が君」
「ん、…ン。ベナッ、ぁ……、ん…――」
 それまで快楽の熱に蕩かされ、激しい感覚に翻弄されるだけであった声に、確かな意志。
 愛の言葉に満足そうに、溜息をついて。
「…わたしも…、だ。ベナウィ…、あいして…、ンぁっ!」
「……聖上…、聖上……!!」
「ばっ…、か。さいご、ま、 ……や、やぁっ!」
 艶めく声が追い詰められたソレへ変化する。
 おそらく、限界が近いのだろう。
 激しい抽出に綺麗に整えられた髪を振り乱し、仮面へ隠された頬を染め、優しい瞳が悦楽の涙に濡れるのを容易に想像出来て、オボロは己の中に確かに芽生えた欲望が誤魔化し切れないモノであると感じた。酔い潰れる程に飲んでいなければ、絶対に、兄者でヌいていた。それはもう確実に。こんなに股間直撃の声をきかされて反応しないなんて、不能(インポ)もいいところだ。
「……やッ…、は、ぁ…、はっ…」
「聖上、…我慢しないで…、イッておしまいなさい…」
「…ベナッ…、や、やぁっ…、もっ…」
 際限無く続く享楽の宴の気配を背中に感じながら、身じろぎひとつ出来ずに眠り込んだ真似なんて、拷問に等しい。かといって、このタイミングで起き出すわけにもいかない。素知らぬふりをして惰眠を貪り直すなんてそれこそ無理難題だ。もうこうなったら、このタイミングで目を覚ましてしまった己自身を呪う事くらいしか出来ない。大体、何時の間にあの気障ヤロウとそんな仲になっていたのかと、悶々とするばかりである。そのうちに空がうすらと白み始めて、漸く満足したらしい気障武人は人でなしな事を口にする。
「おやおや、腰が抜けて動けないとは。
 鍛え方が足りませんね、聖上」
 一晩中散々に人のカラダを弄んでおいての言い草に、流石の聖なる上も何やら物申したようだったが、声にならず、オボロには届かなかった。おそらく、喘ぎ過ぎて喉が嗄れてしまったのだろう。
「…ふふ。そんな可愛い顔をされて。
 大丈夫ですよ。最後までちゃんと――責任をとりますから。
 それが武人というものでしょう。聖上」
 ちゅ、という触れ合うだけの可愛らしいキスの音の後。
 二人分の重みの響きの、一人分の足音が湯浴み室へと消えたのを確かめて。
 何とも居た堪れない気持ちで、オボロは兄と慕う聖上の部屋から気配を忍ばせ逃れた。

―――――――――――――――――――――――――――


うたわれは元は男性向けエロゲですがアニメは全年齢向け
鉄扇で戦う聖上の姿は非常に美しいです
聖上至上主義で総受け大好物です