彼の事情
NAアストロレンジャーズの紅一点。
凛とした顔立ちに、時折覗く無邪気さ。きりり、と、高く結わえられた金の髪もよく似合う、美しく可愛らしい少女。
それに、同じチームのエッジという赤い髪の少年。薄紫のタレ目がナンパな印象を与えるが、ただのお調子者というわけではない。仮にも、レンジャーズの一員であるのだから。
その二人が、夕闇迫る公園でなにやら声を潜めて話しあっているようだった。
そこに、日本のグランプリチーム、TRFビクトリーズの面々が通りかかったのは、全くの偶然だった。
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明日は休日。
チームランニングのトレーニングの為に、メンバー全員で土屋研究所に泊まり込み合宿なのだ。その夕飯の買い出しに、誰が出掛けるかで散々揉めた後、結局みんなで行けば平等だという結論に達し。こうしてゾロゾロ歩いているのだ。
もう、顔なじみとなったアストロレンジャーズのメンバーを始めに見つけたのは、意外にも注意力散漫なお子さまだった。
「! なぁなぁ、兄貴ッ!! あいつら、アサトロジンジャーズの奴らじゃねーのか?」
「はぁっ? 朝トロ?? 何言ってんだお前」
「豪くん、相変わらずバカでゲスな。未だに敵チームの名前も覚えられないなんて」
「なにおぅっ〜〜〜!! バカとはなんだバカとは! 藤吉!!」
「うんこ野郎はバカダスなっ! 」
「なっ!? てめッ、次郎丸!! お前に言われる筋合いはねーんだよっ、お前に!!」
「なんダスか!? バカをバカといって何が悪いダス!!」
「くぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!! むかつくぅぅぅっっ!!! こぉんのダスダス野郎ぉぉぉっ!!!」
「はーん、バーかばーかばかばかバカ野郎ダス〜♪ おしーりペンペンだす〜♪」
言葉通り、臀部をぺしぺし叩(はた)いて、直情短気を絵に描いたようなお子さまをバカにする次郎丸。
そんな分かり易い挑発にもあっさり頭に血を昇らせるのが豪だ。
「むぅあぁぁぁっ〜〜〜!! もーぉ、怒ったからなぁ!! 待てッ、このぉ!!」
遂に始まるのは、実も無い追いかけっこ。
お互い手にスーパーの袋を下げていたのだが、それもその場に置き捨てしまっている。
「止さないか、次郎丸」
「豪、もういい加減にしろよな」
程度の低い喧嘩を、それぞれの兄に諭されて、ぐぅっと詰まる弟達。
そもそも高度な喧嘩というものがあるのかどうかは知らないが。とりあえず、目の前で繰り広げられているのは、どーでもいい部類だ。
「それより、豪くん。アストロレンジャーズの…エッジくんとジョーさんだよね。
こっちに来るみたいだよ。今の騒ぎで気が付いたみたいだね」
誰もが呆れかえる中、エキゾチックな風貌と穏やかな笑顔が魅力的な少年、Jが、豪へほんわかと声を掛けた。
――…これだけ煩くすれば気付かれて当然だろうが。
「Hi! 相変わらず、騒がしいな。ビクトリーズ」
「今晩わ。どうかしたの、みんな揃ってお出かけ?」
他のチームもそれぞれで交流があるだろうが、特にTRFビクトリーズとNAアストロレンジャーズのチームメイト同士は良くも悪くも因縁が深い。
互いの第一印象は決してよいものではなかったが、幾度もレースを重ねるにつれ、少しずつ始めの頃のような堅苦しさが失せていた。
「今晩は。明日はお休みだからね。僕たち、みんなで泊まり込みで特訓するんだ」
にっこりと。
人好きのする可愛らしい笑顔で愛想を振りまくのは、ビクトリーズのリーダー、星馬烈。
並み居る強豪チームと肩を並べるチームのリーダーでありながら、何処か幼く純粋な性質は多くのレーサーに好まれているが、本人自覚はない。
今も、凶悪なまでの威力の微笑みにくらくらっ、とキながら、なんとか自制するアストロレンジャーズの面々。
「ンで、お前等はこんなとこで何やってんだよ。こそこそして、なんか企ンでんのか?
あっ!! もしかして、超天才レーサー星馬豪さまのマルヒ対策の話し合いとかぁ〜? やー、天才は辛いなぁ〜。うんうん」
「………さるが空を飛ぶよりあり得ないでゲスな」
「ダスな」
「…てめっ、藤吉! 次郎丸ぅ〜っ!!」
第二ラウンド開始のゴングが高らかに鳴り響いた。
「とりあえず。放っておこうか?」
「ああ、構わん。その内飽きるだろ。止めにはいるだけ労力の無駄だ」
お兄ちゃんズに冷たく見放されるおバカな弟達+藤吉坊ちゃんだった。
「チームの練習はもういいの?」
視界の端で繰り広げられているお子さま達のとっくみあいを余所に、Jがそう切り出した。すると、USAチームの二人は顔を見合わせて肩を竦める。
「まぁ、な。
なぁ、それよりお前等。リーダーの事なんだけどな、何か知らないか?」
「リーダー? ブレットくんのことかい?」
「最近、様子がおかしいのよ。それで、どうしたんだろうってここで話してたの」
「様子がおかしい? 具体的にどうなんだ?」
エッジと烈、ジョーとリョウが順々に言葉を交わす。
「時々、いなくなるのよ。勿論、チームの練習やミーティングには支障は出てないけど」
「……別に、そんなに気にする必要はないんじゃないのか?
チームに迷惑を掛けていないのなら問題ないと思うが……」
「それが必ず、ひっかき傷や青痣をあちこちに作って帰って来るとしても?」
「傷?」
きょとん、と。大きく愛らしい眼(まなこ)を瞬かせて、エッジの台詞を鸚鵡返すビクトリーズのリーダーたる少年だ。
すると、エッジはそうなんだよな、と。大仰に溜息をついてみせた。
「変だろ? で、リーダーは一体何処で何をやってんだろうって、そういう話してたわけだ。で、お前等なんか知らないか?」
「……僕は心当たりないなぁ…。Jくん、何かある?」
「ううん。第一、ボク達は寄宿舎に寝泊まりしてるわけじゃないし…。ボク達に聞くより、他のチームの人に聞いてみた方がいいんじゃないかな」
「……他のチーム、ね。
アナタ達日本チームは寄宿舎にいないから知らないだろうけど、結構みんなピリピリしてるのよ。お互いに不可侵領域ってあるしね。とてもこんな事聞いたり出来ないわよ」
「ふかしんりょういき?? なんだよそれ」
と、何時の間にやら下らない喧嘩を切り上げたお子さま三人集が会話を割ってくる。
「自由に出入り出来ない場所の事だ。
そうしておかないと、マシンのデータを盗まれたり、レースの作戦を盗み聞きされたりするトラブルが起こるからだろう」
「へぇ〜……。せっこいのな! 俺なら、そんな他人の秘密をちまちま探ったりしないでも、ブッちぎりのカッ飛びだぜっ!!」
リョウの説明を自分なりに解して、そのまま高笑いの天狗モードに入る豪だが、勿論、誰も相手になんてしない。
遠くの方で小さく、藤吉と次郎丸が「どうしようもないバカでゲスな…」「処置なしダス」などと呟いているが、幸い、一人で騒ぎ立てている豪の耳には届かなかったようだ。
「…そっか…。大変なんだね。集団で生活してると」
「まぁ、お陰で何時でも充分な練習は出来るんだけどな。メンバーが一緒の所で寝泊まりしてるわけだからな」
寄宿舎で生活するメリットもあるのだと、そう、軽くフォローするエッジ。
「しかし…傷を頻繁につくっていて、監督には何も言われたりはしないのか?」
「ううん。だって見えないとこだもの。ね? エッジ」
「普段は服で隠れる場所ばっかなんだよな。着替えの時に傷に気付いたんだけど。最初はそこまで気にしてなかったんだけどさ、それがこうちょくちょくだと…流石に変だと思うだろ? 普通」
「なんか秘密の特訓でもしてんじゃねーの?」
唐突に口を挟んでくる豪に、エッジは軽く首を振った。
「まさか! リーダーに限ってその可能性はゼロ。
監督にも秘密にして個人的な特訓なんてしないぜ。過度の練習量はマシントラブルの原因にもなるしな」
「ふー…ん。
なんか、余裕って感じでムカつく」
「こら、豪っ。失礼だろ」
「だーって、烈兄貴…」
思わねぇ? と、小犬のように見上げてくる弟を、ぴしゃりと叱りつける烈だ。
「思わないよ。彼らは彼らのやり方があるんだ。それを俺達がとやかく言うべきじゃないだろ」
「そーなんだけどさー。別に無理しなくても勝てるって感じしねー? バカにされてるみたいじゃん、俺達」
なおも、ぶちぶち言い続けるお子さまの頭を軽く小突いて、烈はアストロレンジャーズの二人にごめんね、と軽く謝る。
それすら気にくわないらしくへそを曲げてしまう豪の袖口を、ぐいぐいっと藤吉が引っ張った。妙に真剣な顔をして、声を潜めて耳うってくる。
「豪くんっ、豪君。あれを見るでゲス…!」
「ん? なんだよ、藤吉――って、あれ、ブレット??」
「間違いないでゲスよっ。いつものゴーグルはしてないみたいでゲスけど、ブレット君に違いないでゲス」
公園の前の歩道橋の上を歩いてくるブレッドは、此方に気付いた様子もなく、何処かへ急いでいるようだった。
「………スクールや寄宿舎とは全然違う方向だよな…。
なぁっ、お前等見ろよ! あれ、ブレッドだろ。な、ちょっとつけてみねーか?」
「え、あらホント。リーダーだわ…」
「こんな時間に一人で……ゴウ・セイバの言う通りちょっとつけてみるか」
「よっしゃ♪ 話わかるじゃん。お前っ」
エッジが豪の提案にノッてくるが、それを烈が慌てて窘める。
「ちょ、豪っ? 尾行するなんて悪趣味だぞ?」
「いーじゃん、別に。怪しい行動してるアイツが悪いんだろ」
「そーゆー問題じゃなくてだな…」
「あー、ほら行っちまうって。見失うだろ! 俺は行くぜ、エッジ、お前も来るだろ?」
「O.K。元々話持ちかけたのは俺たちの方だしな、行こうぜ。ゴウ・セイバ。ジョーはどうする?」
「あたしは寄宿舎に帰るわ。監督に部屋に呼ばれてるのよ。そろそろ時間だし」
残念そうに言うジョーは、何かわかったら教えてね、とエッジに頼む。
「リョウ、藤吉、J、お前等は?」
豪の方も、チームの面々に誘いを掛けるが、
「俺は止めとく、土屋博士も待ってることだしな」
「あんちゃんが帰るなら、オラも帰るダス」
「ワテも、お腹がすいてるでゲスから止めとくでゲス」
「なーんだよー、つまんねーの。なぁっ、Jは? Jは一緒に来るだろっ?」
つき合いの悪い連中に早々見切りをつけて、豪は残ったJに強請るように食い下がった。元々、この自由奔放なお子さまに甘いところのある少年は、困った顔をしてみせるものの、こくんと頷く。
「うん、つき合うよ」
「よっしゃ♪ さーすがJだぜ! 他の連中とは違って話が分かるよなー♪」
「おい、それくらいにして後を追いかけないとホントに見失うぜ」
と、エッジがブレットの消えた方向を目で追いながら、豪を急かした。
「あ、悪ぃ悪ぃ。じゃ、行こうぜJ、兄貴ッ」
「!? えぇっ? 俺も行くのかっ?」
「あったり前じゃん、何言ってンだよ。ほら、行くぜっ!」
「〜〜〜〜もー……、勝手だなぁ…」
なんのかんの言いながら、それでも我が儘な弟を放ってはおけない面倒見のいい兄だった。
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港の方へと歩いていくブレットの後を、栄えあるグランプリレーサーの四人がぴったりと尾行していた。
ただでさえWGPレーサーということで人目を惹く彼らだが、そろそろ夕餉の時刻ということと、人通りも疎(まば)らな波止場へ向かっているという二つから、とりたて騒がれる事もなかったのは幸いだ。
「……ブレットのヤツ、こんなとこまで来てなにしようってんだ…?」
訝しげにする豪に、烈が小さく抗議する。
「な〜、豪。もう止めようぜ。やっぱりよくないって、こんなの」
「今更、何言ってンだよ。烈兄貴!
あ、倉庫に入った。行くぞっ、エッジ!」
「おうっ」
個人的に対決したりと、あれほど諍いあっていたはずの二人だがやけに一致団結してしまっている。両者とも、何処か楽しそうなのは気のせいだろうか。
「もー…」
「ふふっ、で、僕たちはどうする? 烈くん」
「ここまで来たんだ、しょーがないよ。ゴメンね、Jくん。変な事に巻き込んで」
「烈くんの所為じゃないよ。それに、僕、好きなんだ」
「え?」
「豪くんがはしゃいでるとこ見るの」
「……Jくん…」
「…流石に、尾行はよく無いと思うけどね。見つからないようにしなくちゃね」
感極まって言葉を無くす烈に向かい、ちょっと悪戯っぽく微笑んでみせる褐色の肌をした少年だ。その表情はいつもよりずっと幼く、あどけなく、可愛らしい。
「…うん、そうだね。
じゃ、見つらないために豪を見張ってなきゃな。あいつ、後先考えないし」
「あははっ、じゃ、僕たちも行こっか。烈くん」
「うん」
などと、後の二人が和やかにしている合間にも、先行チームは確実にブレッドを追っていた。
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ガレージを持ち上げて倉庫の中へと勝手知ったる素振りで入るブレットは、丁度、空いたスペースの中央で足を止め声を張り上げた。
「――カルロ。いるんだろ?」
(カルロ…? って、まさかイタリアチームの……っ?)
(俺もアイツしか浮かばないけど…、けど、まさか)
ブレッドが口にした『名』で真っ先に二人が思い浮かべたのが、WGPイタリア編成チーム、ロッソストラーダのリーダーである、鈍く輝くナイフのような少年だ。
息巻く豪だが、それをエッジは軽く肩を竦めて否定した。あり得ない、と。
ただでさえWGP開催中でお互い敵同士。それも、責任の重いチームリーダー同士だ。こんな場所で人目を避けるようにして会っている事など考えられない。
が、そんなエッジの思いは見事に裏切られた。
「……また、テメェか。
毎回毎回っ。いい加減、俺の周りをウロついてんじゃねーよ…」
(!? あれは…ロッソストラーダのチームリーダー? …何で…っ)
(マジかよ…何考えてンだよ、お前等のリーダーは)
(Shit! 俺が知るかよっ…、こっちが聞きたい位だぜ)
混乱するエッジと豪を余所に、二人は言葉を交わす。
「そう言われてもな、俺がお前につきまとう理由はちゃんと言ってあるだろ」
「俺は納得してねェ!」
「別にそれでも構わないぜ、俺は」
「………チッ。じゃあ、条件を変える。今日俺がお前に勝ったら、二度と俺の目の前に現れるな。寄るな障るな近づくなッ!!」
「…随分嫌われたもんだな」
やれやれ、と、ブレットは肩を竦めてみせた。
「O.K。その条件呑もう。けど、それならこっちも変更させてもらうぜ?」
「…なんだ?」
と、ちょいちょいっとブレットはカルロを呼び寄せて、耳元に囁いた。
「〜〜〜ッ、テメッ、ふざけんなッ!! なんで俺がッ!!」
みるみる顔色を変える銀豹の如くしなやかな少年は、牙をむき出すようにして怒りを顕わにした。
「負けなきゃいい事だろ? それとも何か、自信が無いのか?」
わざとらしく、挑発的な台詞を吐くブレット。黒のサングラスの向こうで二つの蒼天が眼光鋭く歪められた。
「…吠えてんじゃねェよッ!! いいだろう、その条件で勝負してやるッ。その代わり、俺が勝った時はわかってるなッ!」
「ああ。約束は守る」
ブレットの意志を確認して、カルロは自らのマシンを取り出した。
「勝負方法はいつも通りだ。
倉庫の入り口から端までの直線ドッグレース! いいな」
「O.K。じゃ、始めるか?」
ブレットの方も何時でもいいとばかりに、愛機バックブレーダーを懐から取り出し、エンジンスイッチを入れて不敵に笑む。
(やばっ、こっち来るぜ! 隠れるぞ、みんな!!)
豪とエッジ、それに遅れて来た烈とJが慌てて身を潜めた。
(けど、一体どうなって…。こんなとこでドッグファイトなんて、マシンになんかあったらどーすんだよ、リーダーは…)
(! そうだ、やばいぜ! カルロのヤツにアディオダンツァーを使われたらマシンが…)
一見、人当たりの良さそうに振る舞うイタリアチームの本性を知っている豪が、焦りを滲ませた声でエッジに訴えた。
(そこだよ。こんなファイトでマシンを傷物にされて、本レースに欠場なんて洒落になんないぜ。それはリーダーも分かってるはずなんだけど…)
(? 何なんだ、アディアオダンツァーって)
そこに、事情を知らない烈が不思議そうに聞いてくる。
(……いいんだよっ、兄貴は黙ってろよ。どうせ信じないんだろ)
(! ……なんだよ、かわいくないな〜…。自分が無理矢理引っ張ってきたくせに)
(ま、まぁまぁ。烈くん…。
ね、それより始まるよ。こんなこと言うのは不謹慎かもしれないけど、アストロレンジャーズとロッソストラーダのリーダー同士の一騎打ちなんて好カード、凄いよね)
(……まぁ、ね。事情はともかく、こんな組み合わせなんて大会じゃあり得ないし。大人しく観戦するかな…)
「three,two,one…GO!! バックブレーダー!!」
「いけッ!! ディオスパーダ!!」
二台のマシンが同時にスタートを切って疾駆する!
グランプリ仕様だけあって、異様に疾いマシンたち。軽快なモーター音を響かせ、倉庫の壁のゴールにつっこんだのはほぼ同時だった。
「……DROWだな。この場合どうなるんだ?」
「チッ、レースに同着なんてねェ! もう一度だ、決着が着くまでやるぜ!」
「O.K。つき合うぜ」
(……なんだよ、マトモな勝負じゃんか…)
(リーダーもパワーブースターを使ってない…マシンの基本性能だけの勝負ってことか。潰し合いってわけでもなさそうだし、……これなら別に問題はないけど…)
ブレッドの傷跡の説明がつかない。
イタリアチームとの無謀なレースで体中に傷を負ったものではないかと、そう予想したエッジなのだが。拍子抜けする程のクリーンなレース内容に、益々疑惑は深まるばかりである。
何か他に原因が……? などと、考え込んでいる内に、2Rが始まってしまう。
「行くぜッ!!」
「O.K! バックブレーダー、GO!!」
(くぅぅぅぅ〜〜っ、ダメだぁ〜〜〜っ!!!)
(豪? どうしたんだ?)
(豪くん? あんまり頭を出すと見つかっちゃうよ?)
面倒見の良い兄と、心優しき友人の心配と忠告も耳に届かぬ様子で、豪は堪りかねて飛び出した!!
「もーーー、ダメだッ!! 俺も行くぜッ!! マグナーーーーーム!!! ブッちぎれーーーー!!!!」
「What!? 何考えてンだ、あいつッ!!」
「豪ッ! バカッ!!」
「ダメだよっ、豪くん!!」
物陰に隠れる者達は、三者三様の反応を見せるが、全く構わず豪はブレッドとカルロのレースに割っていった!!
「待て待てまてーーー!!! 俺が一番カッ飛びだぜ!!!」
「!? ゴウ・セイバ! 何故ここに…」
「ビクトリーズのジャリレーサー?
一体、何のつもりだ! てめぇ!! 邪魔してンじゃねーよ!!」
「うっせぇっ!! 俺がどんな時でも一番だぜ!! それを証明してやるっ!!」
一方物陰には、呆れて物も言えずに蹲っている三人が。
(ヲイ…アンタの弟、どうにかしてくれ……)
(ゴメン。どうにかしたいのはやまやまなんだけど…)
(あ、あははは…、豪くんらしいよね……)
Jのフォローも今回に限っては力が無い。
彼自身は、無鉄砲で真っ直ぐ、考え無しのイノシシな豪の性質は好ましくあり、今の行為も苦笑するしか無いとは言え、豪らしく、微笑ましくもあるのだが。
……折角見つからないように後をつけてきたのが、これで水の泡かと思うと、全面的に庇護する姿勢にはなれないようだ。烈とエッジが気の毒で。
「ちィッ! 邪魔なんだよ!! テメーのお遊びにつき合ってる場合じゃねーんだ!!」
「へへーんっ♪ その大口は俺を負かしてからにしろよ!!」
「全く、とんだ邪魔が入ったものだな…」
ストレートの伸びは豪のマグナムの独壇場だ。
バックブレーダーにもパワーブースターという強力な武装が施されてあるが、今は封印されていて、基本性能だけのストレート勝負となればマグナムには及ばない。
ディオスパーダはバランス万能型で、テクニカルで本領を発揮するマシンだ。しかし、ストレートの伸びも直線勝負の他マシンに食らいつく程の性能を誇るが、それでもマグナムには今一歩届かなかった。
「よぉっっしゃーーー!! 俺のマグナムがトップだぜっ!!!」
ゴール直前、はしゃいだ声を上げた豪だったが――、
猪突猛進があだとなった。
「っあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!」
「なッ、にしやがるっ!!」
なにせ、ゴールは壁なのだ。バックブレーダーやディオスパーダーなどの、どちらかといえば対応型のマシンなら問題ないだろうが……真っ直ぐカッ飛びぶっちぎりマシンのマグナムには少々難ありだった。
見事に壁に激突すると、そのまま跳ね返って、事も在ろうかカルロのディオスパーダと接触。幸いグランプリマシンだけあってこれくらいの衝撃ではびくともしないが。
「GOAL…! 俺の勝ちだな? カルロ」
それよりも深刻なのが、ブレットが勝利したという事実だ。
「今のはッ…!」
ディオスパーダを片手に抗議を申し立てるカルロだが、ブレットといえばいけしゃあしゃあと、
「運も実力のうち。違うか?」
言ってのける。
「それとも、ロッソストラーダのチームリーダーは男同士の勝負にケチをつける小物かな?」
「〜〜〜〜ッ!」
妙な乱入があったとはいえ、勝負は勝負。
確かに、これが勝利したのが自分であったのなら同じ事を言うだろう。
腹立ち紛れに事の元凶であるお子さまを思いっきり睨み付けた。
「おいっ、テメェ!! 一体、何のつもりなんだ!!」
「……う。わ、悪かったよ…」
豪は、以前にカルロやそのチームの連中にロクな目に遭わされていないので、一言で言ってしまえば、カルロ・セレーニという人物が大嫌いだ。
けれど、マシンを接触させたのは自分だという自覚があるため、唇を尖らしながらも謝罪の言葉を口にする。
「〜〜謝って済む問題じゃねーんだよッ! どうしてくれるんだ、この三流野郎ッ!!」
「なっ! なんだよ! そんな目くじら立てることじゃねーだろ!!
そりゃぶつかったのは悪かったけど、マシンに問題はなかったんだし、公式レースでもねーんだから、そこまで言われる筋合いはないぞ!!」
「そっいう問題じゃねーって言ってンだろ!!!」
「じゃ、どんな問題だってんだよ!! 説明しなきゃわかんねーだろ!!」
理由も分からず剣幕で責め立てられては、いくら此方に非があるとはいえ堪らない。殆ど逆ギレ状態で豪が叫ぶと、それはっ…と、小綺麗な顔立ちをした少年が口ごもった。
「………チッ。やってられるか!」
忌々しげに吐き捨てると、カルロはディオスパーダとツールボックスをひっつかんで倉庫から立ち去ってしまう。
「……なーんだよ、あいつ…ってぇーーー!? な、なんだぁ??」
腑に落ちない顔で呟く豪の、その軽い頭をスッぱーん! という小気味のよい音をたてて巨大ハリセンがはた。思わず衝撃を受けた後頭部をさすり上げるお子さまの背後には、彼にとって強烈な存在が。
「ご〜〜〜〜おぉぉ〜〜〜〜……」
「なんだよー、烈兄貴。いきなりっ。バカになったらどうしてくれんだよ!」
「今以上にはならないだろ…」
ぼそり、とエッジがツッ込みを入れた。
「…お前等…」
カルロがいなくなった途端にぞろぞろ現れた既知の者たちに、ブレットは目を丸くしてみせた。
「エッジ、一体どうしたんだ?」
「それはこっちの台詞だぜ、リーダー。
ロッソストラーダとこんなとこでドッグレースなんて、監督や…オフィシャルの耳に届きでもしたら、小言じゃ済まないぜ」
「わかってるさ。だからマシンに負担をかけないようなレース内容だろう?
俺はブースターを使用しない。あいつもダンツッァーは禁じ手。そういうルールにしたのさ、お互いのためにな」
「……ったく、俺ン時には散々ダメだししたくせに…。
ま、いいけど。それよりなんでディオスパーダとレースなんてしてたんだ。リーダー?」
「あ、そうそうっ。
なんかさっき言ってじゃん、条件がどうのこうのって」
「……全部聞いてたのか…。
つまり、俺の後を尾けてたんだな?」
豪がしまった、という顔をして慌てて口を塞ぐが、何よりその動作がブレッドの言葉全てを肯定していた。
「あ、はは。悪ぃっ、リーダー。つい、気になって。この頃体中に生傷が絶えないだろ、だから、さ」
「……ったく。それで、ビクトリーズの連中まで巻き込むことはないだろう。
レツ・セイバ。J。悪かったな、手間をかけさせたようだ」
「え、あっ、いや、とんでもないっ! こっちこそ、ゴメンッ、こっそり後を尾けるような真似しちゃってさ」
「……うん、ごめんなさい」
ブレットの詫びに、慌てて二人は居住まいを正して頭を下げた。そこに、ご無体なお子さまが乱入してくる。
「ちょ、なんだよッ。俺には一言もなしかよ、ブレット!」
「…他人(のレースを邪魔しておいてよく言えるものだな。ゴウ・セイバ」
「う゛っ………!」
多少なりとも反省しているのか、ブレットの痛烈な一言で途端に大人しくなる豪だ。
「まぁ、いいさ。お前のお陰で本懐を遂げられたことだし、な?」
「………本買い?」
「豪。漢字が違うぞ。」
「本来の目的とか、そういう意味だよ」
鋭いツッこみの兄と、優しく説明をしてくれる友人。これはこれでいいコンビかもしれない。
「カルロを恋人に出来たからな。多少の事くらい目を瞑るさ」
………………………。
「「「「えぇぇぇぇぇぇえぇぇっっっっーーーーーー!!!???」」」」
一瞬の静寂の後、四人分の叫びが埠頭に木霊したのだった。
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その日の晩方。寄宿舎に帰ったエッジは、監督の用事を済ましたジョーに呼び止められて事の顛末について説明をさせられていた。
「で、結局リーダーがふらっといなくなったり、あちこち怪我してきてたのは…」
「いなくなってたのはカルロとレースをするため。勝ったらキスさせるっていう条件でしてたらしいぜ。
怪我の原因は、まぁ、勝利の代償ってトコか。。あのカルロガ大人しくさせるわけないからな。最中に引っかかれたり蹴り上げられたり、鳩尾を殴られたこともあるって言ってたな…」
「……信じらんない、リーダーってば。
変だと思ってたら、ただ恋狂いしてただけなんて…」
呆れた、とばかりに溜息をつくジョーに、エッジも参りました、と両手を上げてみせた。
「ま、大物ってことだよな。
WGPの最中に敵レーサーに惚れ込んでモノにしちまうんだから」
「! えぇっ、ウソッ!? オチたの! あのロッソストラーダの美人が!!」
「レースで負けたら『恋人になってやる』っていう約束取り付けたらしいぜ。それもビクトリーズの青頭の邪魔が入ったんだけどな。ちゃっかり勝って、恋人に昇格。
……ほぼってか、全面的に詐欺だよなー…」
「リーダーって普段淡泊だけど、一旦欲しいって思ったら手段選ばないもんね。ご愁傷さまって感じよね」
標的にされた獲物は、本当に気の毒としか言い様がない。
アストロレンジャーズのレーサー達は、哀れな生贄の末路を思って天を仰いだのだった。
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やっぱりブレッドはヘンタイだと思います
でもそれがブレットだと思います