in 肝試し



 TRFビクトリーズ。
 ミニ四駆発症の地であり、WGPの栄えある第一回開催国でもある日本を代表するチームだ。
 他国の代表チームが統一したマシンを使用するのに比べて、ビクトリーズはチームの全員が異なるマシンを戴くという、WGPレーサーチームとしては、特異な性質を持つ。
 高度なチーム戦が展開される世界グランプリにおいて、使用するマシンを統一するということは有利に働だ。互いのマシン特性が似通っている事で、協力態勢をひきやすい。
 なので、WGPが開催された当初は、TRFビクトリーズの下馬評は最低ランク。
 しかし蓋を開けてみれば、次々とレースで勝利を上げるという見事な活躍ぶりで、無論、常勝というわけにはいかないが、それでもトップ争いに食いついていた。
 その、個性的なチームのレーサーで、金髪に褐色の肌がエキゾチックな魅力を醸す少年、Jと、仲間に呼ばれている彼を、アメリカチームのリーダーたるブレッドが発見したのは、夕暮れ時、公園での事だった。
「一人でどうした?」
「………?」
 白いシャツに空色のズボンという涼しげな格好がよく似合うJは、後ろからの声を掛けられて、不思議そうな顔で振り向いた。
 そして、
「……あ」
 余程驚いたのだろう、大きな瞳を更におっきくさせていて、普段よりも幼さと愛らしさが三割り増しだ。
「…待ち合わせ、してるんだ。みんなと」
「みんな? ビクトリーズの連中か?」
 ブレッドが尋ねると、こくん、と、Jは頷いた。
「夏休みだから、合宿するんです。僕たち」
「へぇ…、熱心だな? 流石、上位チームだ」
 ブレットは素直にTRFビクトリーズを褒めて、正直、誰もお前達がここまでやるとは思ってなかぜ? と、加えた。
 と、Jは、はにかんで礼を口にした。
「ありがとう。ブレット君にそう言って貰えると嬉しい…あ、れ…それ、どうしたの?」
 心配そうに小首を傾げるJに、ブレットは、ああこれか、と首の包帯をなぞった。
「ちょっと猫に咬まれて、な。
 毛並みは悪くないんだが、どうにも気性が荒くてな」
「ふぅん? 猫飼ってるんだ…。あ、でも寄宿舎って動物とか飼っていいんだ?」
 ブレットの言葉を額面通り受け止めて納得するJに、苦笑が浮かぶ。
「まぁな」
 くっくっ…と、肩を震わせているブレット。
「?? …痛くない?」
 白の包帯が痛々しく思えたのだろう。痛がる素振りなど微塵も感じさせないブレットを気遣って、Jは上目遣いに自信家な少年を見上げた。
 そんな愛らしい様子が、欲求不満が溜まっているブレッドの欲望を直撃する。
「少し大袈裟にしてあるだけだ。殆ど痛みはしないさ」
 カルロのように、しなやかな野生の魅力の獲物も良いが、鳥篭で大切に育てられた小鳥というのも悪くはないな、と、少々不埒な考えを抱いた時。
 都合良くというか、悪くというか、人影が現れた。
「あ。リョウくんっ!」
 それはもう、嬉しそうに手を振るJ。
「タカバ?」
 可愛い美人。そんな矛盾した魅力の笑顔を浮かべる少年の視線を辿れば、不穏な雰囲気を纏った鷹羽リョウ…WGPレーサーの一人。ビクトリーズのメンバーである彼が此方に荒い足取りで向かっている所だった。
 まるで競歩並のスピードでJに近づくと、野性的な二枚目といった容姿の少年は、些か乱暴に金髪のチームメイトの腕を取って自分の方へと来させる。
「っ? リョ、リョウくんっ?」
「………何をしている」
 Jの疑問には答えず、リョウは厳しい口調でブレッドを威嚇した。
(……ほぉー…、成る程?)
 その剣幕に、殊にこういう方面にかけてはカンが働くブレットは、ピンときて人の悪い笑みを浮かべた。
「別に? 話をしていただけだぜ、なぁJ?」
「あ、う、うん。そうだよ。どうしたの、リョウくん?」
「……いや、それならいい」
 心底不思議そうな表情でいるJと、なにやら意味深な含み笑いをしているブレッドを交互に見比べて、リョウは不承不承引き下がった。
「おーーーいっ! リョウー!! Jーーー!! 何やってんだよ、遅れちまうぜーー!!」
 と、そこに無鉄砲を絵に描いたようなお子さまが駆けてくる。ぶんぶんっ、と、千切れんばかりに手を振ってくる様子が如何にも彼らしくて微笑ましい。
「あ。豪くんっ!」
 笑顔でチームの自称エースを迎えるJに、心中穏やかでないのは鷹羽リョウ、その人だ。
 天然仕様の可愛い恋人は誰にでもにこにこと愛想が良いが、特に、この爆弾小僧と仲がよい。それはもう、端で見ていてどちらが恋人か判別が効かないほどだ。
 かといって、醜い独占欲で大切な人を縛り付ける莫迦な真似をするわけにもいかず。
 チームメイトの豪とJが仲良さげに笑い合っている場面では何時も、リョウはだんまりを決め込むのだ。そうしていなければ、酷く利己的な事を口走りそうで――…。
「――だよなっ、リョウッ! ………リョウ?」
「あ、ああ。なんだ、豪」
 ぼんやりとしていたらしく、不審そうに見遣ってくる豪に、リョウは取り繕った態度で返事をした。
「きーてなかったのかよ、ったく。
 今から泊まり込み合宿に行く旅館の近くにさ、有名な心霊スポットがあるって話でさ。そこで肝試ししないかって鉄心のじーさんさ言い出して。みんなも誘ってもいいだろ」
「みんな…?」
「アストロレンジャーズのみんなだよ」
 エキゾチックな外見に反してのほんわか笑顔で、Jがリョウの疑問に答える。
「………」
 一体何を? と、胡散臭気にするリョウだが、そんな冷視線にも一向に怯まず、ブレットは営業用スマイルを浮かべる。
「以前にも親善レースがあっただろ。それと同じ様なものさ、そう真剣に受け止めないでくれ。ただし、今回はレース抜きでホントの息抜きだけどな」
「別にいいよなっ、リョウ!」
「いや、まぁ、…べつに」
 心霊関係は大がつくほどの苦手だ。なので、微妙な相槌をうつだけに留まるリョウ。
 まぁ、参加しなければいいことだしな、と、楽観的思考で賛同するのだが、この考えがひじょう〜〜〜っに、甘かった事を後になって思い知るのだった。

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 肝試し大会in穏鬼嶽おきだけ
 というふざけた名目で、次の日の昼過ぎに肝試しに参加するメンバーが集合した。
 NAアストロレンジャーズのメンバーは、突然のリーダーの気紛れに強制的につき合わされた形となったものの、それぞれ明るい顔をしていた。
 将来を嘱望される優秀な宇宙飛行士のタマゴ達とはいえ、やはりまだまだお子様。
 普通の子らと同じように遊んだり騒いだりする事に対する欲求は人並みに持ち合わせているらしく、それぞれ、このお祭り騒ぎを楽しみにしていたようだ。
 ――だが。
「ンだよ、あの生意気なチビとやたらデカイのはどうしたんだよ」
 到着したNAアストロレンジャーズのメンバーが全く足りていないことに、彼らを早速出迎えた日本WGPレーサー、ゴウ・セイバが不服を顕わにした。
「ミラーとハマーのことかよ?」
「他にいるかよ。チビとデカブツったら、お前等のチームであいつ等しかいねーだろ」
「……それ、本人達の前で言ったら多分、すっごく怒られるわよ…?」
 TRFビクトリーズにおける最大のトラブルメーカーの、余りに口に衣着せぬ物言いに呆気にとられるジョー。
「ミラーはそういう心霊関係はバカバカしいって否定派だからな。遠慮するってさ。逆にハマーは、すっげー恐がりなんだよ。だから来たくないって」
「それに、あいつもいねーじゃん。ブレットのヤツ」
「リーダーなら、ちょっと遅れてくるそうよ。なんでも、もう一人連れてくるって話だけど?」
「ふーん…、」
 エッジとジョーの代わる代わるの説明に、半端な受け答えをしてみせた豪だったが、
「やぁっ、ゴウ・セイバ♪」
「ぅわぁっ!??」
 突如として現れた第三者に背後から抱きつかれて、後ろに尻餅をついてしまった。
「いっ、ってぇぇぇ〜〜……、何すんだよッ! ……って、ミハエルッ?」
 ニッコリと、貴公子然とした微笑みで手を振るのは、独逸チーム・アイゼンヴォルフのチームリーダーだった。
 全出場レースにおいて、トップゴールを果たしている生きた伝説。穏やかで上品な物腰からは到底窺い知れぬ彼の実力は、掛け値無しにWGPレーサーの中でも一、二を争う。
 そして、只今、TRFビクトリーズの暴走エースレーサー・星馬豪が一方的に好敵手視する相手だ。
 アストロレンジャーズのブレット然り、ロッソストラーダのカルロ然りではあるが、彼らとは全く違った意味で『ブッちぎってやる』目標なのだが。
「おっ前、なんでここにいるんだ?
 つーかっ、懐くなッ! 触んな!! 近寄るなーーー!! 俺とお前は敵同士なんだぞ!! なんでいつもいつもさわやかーに笑ってんだよ!?」
「まぁまぁ、そうカッかしないでよ」
 一方的な言い分にも、にこにこ人当たりの良い微笑みを崩さないミハエル。そんな様子に、更に豪は頭に血を昇らせた。
「くぅぁあぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!
 チクショ〜〜ッ、なんか馬鹿にされてる気ィすんだよ!! その言い方!!」
「あははははっ、相変わらず愉快だね。ゴウ?」
「むきぃぃぃぃ〜〜〜〜っ!!!」
 かるーくあしらわれ、その場で地団駄を踏む青頭のお子さま。
 そんな騒ぎを聞きつけて駆けつけたのは、TRFのチームリーダーである人好きのする笑顔も可愛いらしい少年だ。
「豪っ? 何騒いでるんだ、煩いぞ――て、あれ? ミハエル君? それに、エッジ君、ジョーさん。いらっしゃい」
 いくら周囲を木々に囲まれた場所とはいえ、一人で大声張り上げる弟をよく思わず、注意しに出てきた烈だったが、その場に居合わせる面々に一瞬驚いて、直ぐ歓迎の言葉を口にした。
「こんにちわ、レツ。なにか面白そうなことやるって聞いたから、遊びに来たよ」
「うん、歓迎するよ。…でも、ミハエル君は一人?」
 独逸チームのリーダーであるミハエルの傍には、同じく独逸のチームの『双璧』と謳われる二人が常に控えているのだが。
 キョロキョロと辺りを見回す烈に、ミハエルはにっこりとする。

「ああ、うん。シュミットとエーリッヒも一緒だよ」
「…なんだ、あいつらも来てんのか」
 辟易した様子で豪は文句をつけた。それを、お兄ちゃんはぺしっ、と、頭を叩いて諫める。視界の端で後頭部をさすりながら、ぶーたれている弟を捕らえつつ、烈はほんわかとした微笑みでその場を和ませた。
「それじゃあ、夜までまだ時間もあるし……。
 中で一緒にスイカでも食べない? 井戸水で冷やしてあるから美味しいよ」
「スイカか、いいな、それ」
 烈の申し出を、エッジは諸手をあげて受け入れた。
「ご馳走になっちゃおっかなv ……でも、いいの? 合宿に来てるのよね? アタシ達邪魔じゃないかしら」
 ジョーも、提案を有り難く受け取ったが、それでもチームの邪魔にならないようにとの気遣いをみせた。
「気にしないでいいよ。今日一日は、羽休めなんだ。たまには息抜きしなさいって監督からも言われて、僕たちも今日だけは遊びにきたつもりで過ごしてるから。
 …で、ミハエル君は?」
 それまで口を開かずにいた金髪碧眼という王子様スタイルの少年へ、烈はさりげなく話を振った。
「ん。僕は遠慮させて貰うよ」
「………そう。それじゃ、集合は20時だから。その時刻になったらまたここに来てね」
 あからさまに残念そうな烈に、ミハエルは御免ね、と繰り返してチームの車の方へと去っていってしまった。
「チェッ、なんでぇ。つきあい悪ぃーの」
「そういうこと言うもんじゃないぞ、豪。ミハエル君にはミハエル君の都合があるんだから」
「わかったよ」
 先程まで馴れ馴れしくするなと怒鳴っていたくせに、相手が一線引いた態度をとると途端に寂しくなるのか、弟のぼやきを軽く窘めて、烈はアストロレンジャーズの二人を旅館の中へと案内したのだった。

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「はーーーっ」
 レーシング・カーに駆け込むなり、盛大な溜息をついたのは甘いマスクと貴公子然とした態度でファンの心を焦がすヨーロッパの王子。
「……ミハエル? どうかしましたか?」
「んーん、大丈夫。なんでもないよ、エーリッヒ。ちょっと外が暑くてね」
 そう、ヨーロッパの気候と比べれば、日本の夏はまさに灼熱地獄。いや、気温そのものはそう変わりはないのだが、如何せん湿度が高い。所謂『蒸し暑い』というやつだ。
 それでも平地に比べれば、周りを自然に囲まれていることもあってかなりマシな方なのだが。乾燥した風の吹く大陸地の人間からすれば、到底耐えられるものではない。
「……なにか飲み物は、っと」
「ええ、用意しましょう。待って下さい」
 エーリッヒは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、氷を浮かべると、外の気温に火照るリーダーへと手渡した。
 それを一口、二口煽ってから、やっと一息ついたとミハエルは椅子に腰を落ち着けた。
「はーっ、ありがとう、エーリッヒ。気が利くね」
「いいえ。それよりどちらへ?」
「TRFの処に挨拶にね」
「!! それでしたら、言って下されば私も一緒に……」
「ちょっと顔を見に行っただけだよ。きちんとした挨拶は外が涼しくなってからにしよう。
 僕やお前はまだなんとかなるけど……」
 ちらりと見遣る視線の先には、簡易ベッドでうなされるシュミットの姿が。
「シュミットは無理だろう?
 ……本当に暑いの苦手なんだね。レース中は平気な顔してるから、知らなかったよ」
 折角山に来たのだからキャンプの真似事をしようと言い出した、リーダーの言葉に従って森の中で枯れ木を集めて回ったシュミットは程なく力尽きてしまったのだ。
 軽い熱中症で、涼しいところで休めば治るのだが。
「……私も…、ここまで酷いとは知りませんでした。
 ――パートナーとして、失点ですね」
 自嘲気味に零すエーリッヒに、ミハエルはいつもの柔らかな微笑を浮かべた。
「そんなことないさ、それに元々僕が我が儘を言ったのが悪かったんだしね。
 さ、夕方まで時間もあるし…僕は少し休んでいるよ。17時になったら起こしてね」
「ええ、わかりました」
 褐色の肌に灰褐色の髪のミスマッチが絶妙な凛々しさを醸す少年は、従順に瞳を伏せ、返答したのだった。

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「なーなーなー! 一番星だぜ、一番星っ!!」
 縁側ではしゃいだ声を上げる弟に、TRFのチームリーダーである少年は、しょーがないなぁ、と年上然とした顔でいる。
 そろそろ辺りがいい具合に薄暗くなってきて、時刻を確認すれば19時を半まで過ぎた頃。涼やかな虫の音が気持ちよい。
 ふと、部屋の中へ視線をやれば、夕餉を終えてうつらうつらとするJと彼を抱くようにしてチーム一寡黙な実力者である鷹羽リョウがいる。
 相変わらず仲がいいよな、と。
 微笑ましさに知らず、頬の筋肉が弛む。
「兄貴? なーに、にやにやしてるんだよ?」
「わっ?」
 と、目の前に無粋な邪魔者が現れて、烈は目を見開いた。
「…ビックリするだろ、急になんだよっ…?」
 すやすやと気持ちよさ気に寝息を立てているJの邪魔をしなようにと、声を詰めて烈は抗議した。すると、兄に注意された弟はふて腐れてそっぽを向いてしまった。
「……兄貴がこっち向いてないから悪いんだろ…」
「? なんだよ、変な言い掛かりをつけるなよな」
「! …………もういい。……へっぽこ兄貴……、夜になったらみてろよ……」
「?? なんか言ったか?」
「べーつにぃー」
 所謂、嫉妬というか、そういった類の可愛らしい感情を抱いていたのだが。
 天然仕様の兄がそのような恋心の機微に聡いはずもなく、わけがわからないとのお冠だ。これでは余りに青頭の熱血お子様が報われないというもの。
「…?? まぁいいけど。それより暗くなってきたな。そろそろみんな集まってもいい頃なんだけど……」
 一旦は旅館で涼をとったNAアストロレンジャーズのメンバーも、夕暮れ時になって食事をしてくるからとチームの車に帰ってしまったのだ。
 20時に集合だと、二つのチームにはきちんと伝えてある。そろそろ姿を現してもよい頃なのだが。
「あ、そういえば兄貴さ。藤吉と次郎丸は何処行ったか知らねぇ?
 なーんか昼スイカ食べてから見てないんだよなー、森の方に遊びにいったのかと思ったんだけどさ、もう結構暗いじゃん」
「……次郎丸か?」
「ああ。なんか知ってんのか、リョウ」
 そこに、弟の名前に反応して野生の魅力を放つ鋭い眼光が閃いた。怯まず会話を続けられる心臓の強さは流石、無鉄砲を絵に描いたような豪だけはある。
「用事があるとか言ってたがな。……まだ帰ってないのか」
 そもそもキャンプ暮らしが長いだけあって、同年代の少年達よりは、このような場所でも無闇な心配はいらないだろうが。
 ……それにしても遅いな、と、リョウは眉を潜めた。
 と、そこに礼儀正しい挨拶の声が掛かる。
「やぁ、今晩わ」
「あ、ミハエル君」
 WGPにおいて優勝候補としてその名を連ねる、アイゼンヴォルフ。
 その最強チームを率いる貴公子然とした少年が、いつもの笑顔でいつもの取り巻きを引き連れて登場した。途端、不機嫌になる豪だが、誰もそのような些事気に留めもしない。
「今晩は。…ご招待、ありがとうございます」
 ミハエルのような王者の風格を漂わせた気品高さとは違い、誠実さからの優雅さで、丁寧に礼をとった。
「あ、いいよいいよっ。そんなに畏まらないで、そんな大層なものじゃないんだしっ」
 その、余りに礼節に乗っ取った有り様に、烈は慌てて両手を振る。
「……それより、シュミット君も一緒のはずじゃ…?」
「んー、」
 ビクトリーズリーダーの、至極最もな疑問に、ミハエルは軽く肩を竦めて見せた。
「この暑さにあてられてね、まだ動けないらしいんだ。
 だから、肝試しに参加するのは僕一人だけでお願いするよ。エーリッヒはシュミットを看てやりたいって言うしね」
「…申し訳ありません、折角のご好意……、? レツ・セイバ? どうかしましたか?」
 己のチームリーダーの言葉に促されるようにして謝罪の意志を示す礼儀正しい少年。しかし、彼の目にうつるTRFのリーダーの顔がみるみる青ざめてゆく。
 そんな彼から少し離れた場所で、ゴウ・セイバが何やら意心地悪そうにしていたり。
「えっ? え、うんっ、いやっ……大丈夫。だけど……、
 ………肝試しって、何…かな?」
「………? 今日のご招待は肝試しをするということでは…?」
 困惑の表情で窺ってくるエーリッヒに、今度こそ、赤毛の少年は絶叫した。
「えぇえぇぇぇええっ!!? なにそれ!?」
「? え? ええ?」
 逆に聞き返されてしまっても、エーヒッリの方としては戸惑うばかりだ。しかし、烈としても目の前の客人に詰め寄る気はない。
「豪っ、なんだよ! どういうことなんだ!? 俺は花火とキャンプファイヤーをやるってのしかきいてないぞ!!」
「だーって、言ってねーもーん」
 しれっと、答える青頭。ぽりぽり、と、ばつが悪そうに鼻の頭を掻いて在らぬ方向を向いての一言だ。
「〜〜〜〜っ、みんなして黙ってたんだなっ……。
 俺はいかないからなっ、肝試しなんて!! 生きたいヤツだけで行けばいいだろ!!」
「!! なんだよ、つき合い悪ぃぞ、兄貴!!
 大体肝試しはみんな参加なんだからな、一人っきりでここに残るってんなら止めないけど、言っとくけど、夜になるとここも出るって話なんだからな!!」
 確かに黙って計画を運んでいたのは悪かったのだが、素直に謝る気にはなれずに言い返す豪だ。無論、実は大嘘。口からでまかせ。民宿にはその手の話は一切無い。
「!! 〜〜〜〜っ」
 恨みがましげに勝ち誇った顔でいる弟を睨み付ける烈。肝試しには行きたくないが、かといって幽霊民宿に一人で残るかと言われれば、冗談ではない。
 そんな端からみれば微笑ましい兄弟喧嘩を繰り広げていた星馬兄弟だが、そこに、NAアストロレンジャーズのメンバーがやってきた。
「Hi! なーに大声出してるんだ?」
「何かトラブルでもあったの?」
「! あ、ううん。別に…」
 陽気なナンパ師で、実は面倒見の良い苦労性なエッジと、女性レーサーながらも並み居る強豪に劣らぬ腕でサーキットを駆け抜ける紅一点のジョー。
 客人の前で醜態を晒してしまった事に気付いた烈が、慌ててその場を取り繕うべく笑顔をつくった。
 今度はきちんと面子を揃えるアストロレンジャーズ。
「…随分と騒々しいな」
 王者の風格を漂わせる金髪のレーサー、ブレットはやはりいつものゴーグルを装着したままで皆の前に姿を現した。
 と、彼の後ろには――!
「あれ、カルロくん?」
 昼には姿を見せなかった彼が、とんでもない人物を連れての登場を行ったものだから、場の温度が一気に冷え込んだ。
 人当たりの良い天然仕様の赤毛の少年だけは、にこやかに二人を迎えるが。
「カルロくんも参加してくれるんだね」
 丁寧な言い回しと控えめな態度で大人達には受けの良いカルロだが、孤高の気配で他を拒絶する有り様は、WGPレーサーの誰もが感じている彼の印象だ。
 なので、この手の催事には興味の欠片も示さないだろうと思っていただけに、意外ながらも烈は素直に喜んだ。
「…ああ」
 当のカルロといえば、まるで借りてきた猫のようにすっかり大人しく口数も少ない。
 どうなってるんだ? と、鈍そうに見えて結構この手の事には敏感な豪がエッジ達の様子を窺うと、二人、微妙な表情だ。
(……なんかわかんねーけど、口出すとロクな目にあわねー気がする……)
 動物的な本能でそう判断すると、豪は、
「なぁ、なんでもいいからさっ、そろそろ始めようぜ!
 ルール説明するからみんな部屋にあがれよ」
 と、縁側に面した部屋の照明をつけ、肝試し参加メンバーに号令を掛けたのだった。

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エーリッヒも苦労人
常識人=苦労人の法則