思惑 in肝試し



「さぁ〜て、それじゃ、第一組目行くダスよ♪」
 TRFビクトリーズのレース用移動車に肝試しメンバー全員が乗り込んで、それぞれの手に提灯が配られると、直ぐに出発の合図が出された。
 移動中トレーラーの中でスタート順は決めてある。一悶着の後、先程没になったクジを利用してやっと決定したのだ。
「うぅ…、…やだなぁ……」
 提灯を持つ手を微かに震わせながら、日本代表チームのリーダーである赤い髪に幼く愛らしい顔立ちを縁取った少年が怖々と呟いた。
「ほら、ちゃっちゃと行こうぜ、兄貴!!」
 基本的に一つ年下の弟もお化けの類は苦手なはずなのだが、奇妙に豪傑なところがある豪は、今もそう肝を冷やしている様子がなかった。
「大丈夫、三人一緒に行けば恐くないよ?」
 そして、やはりといおうか、西欧のプリンス・ミハエルには一切の動揺が見られなかった。
 はじめて目にする日本伝統の灯りを物珍しげにしながら、優しく烈を気遣う。
「う、……うん。だ、大丈夫、だよ。平気、うん」
 すると、赤毛の少年の方もチームを統率するリーダーという立場上、好敵手に己の醜態を晒すのは由とせぬと考えたのか、強がって微笑んで見せた。
 が、無理をしているのは一目瞭然。
 精一杯のやせ我慢。引きつる笑顔に、ミハエルはかわいいなぁ、と、ご満悦だ。
 しかし当然、実の兄に並々ならぬ好意――いや、既に恋心と称しても良い感情を抱く青頭は、ムッとしている。
 自宅では保護者が、土屋研究所ではチーム連中が常に傍にいるのだ。やっと二人っきりになれるシチュエーションだというのに、ここにきて更に障害が。
(くっそぉ〜〜、折角の計画が台無しじゃんかよ〜〜〜)
 滅多に無いこの機会を利用して、あわよくば告白初キッスまで雪崩れ込もうと目論んでいただけに、予想だにしなかった第三者の存在が腹立たしかった。
 おまけに…あからさまに兄に好意的だ。
 今も、涙目になりながら必死で前へ進もうとする烈の手から提灯を受け取り、自ら先導していた。更に、聞き捨てならない言葉が……。
「手、繋ごっか。烈」
「えっ…」
「ほら、足下が暗いから危ないし。それに、はぐれるといけないから。ね?」
 貴公子然とした態度で促されては、無下に断れるはずもなく。
「う、…うん」
 気恥ずかしさの為か、軽く頬に朱を掃き、そっと右手を差し出した。
「さ、行こう?」
「そうだね、…ありがとう」
「気にしないで」
 はにかむ笑顔で礼を言うTRFのチームリーダーに向かい、金髪碧眼の王子様は、五月の深緑のような爽やかさで返した。
「!!!」
 すっかり、世界は二人の為にある、状態だ。
 一人寂しく取り残された豪は、慌てて兄の空いた左手へしがみついた。
「わっ、…豪っ? 危ないだろッ」
 突然、左腕へ掛かった負荷に一瞬バランスを崩しかけた烈は、年上口調で弟を諫めた。
 が、兄以上に不機嫌な顔でいるのは熱血を絵に描いたようなお子さまだ。
「うっせぇ、バカ兄貴ッ!! にぶちんのへっぽこぴー!」
「はぁっ!? 何言ってんだよ?」
 おかんむりの弟の、意味不明な悪口に呆れ果てる烈。
「いーからっ、こんな肝試しさっさと終わらそうぜ!」
 お邪魔虫が一緒ではイイコトもワルイコトも出来やしない。こうなては、ミハエルの魔の手から兄を守る為に、一刻も早くこのイベントを終わらせるのみだ。
「ちょっ、バカ! そんなに引っ張るなよ、もぅ!!」
 遠慮会釈なしに左腕を引いて行く弟の、しかし、その手をふりほどけないのは兄という立場故の配慮か、はたまた単に一つ年下の弟に甘いだけか。
「……やれやれ」
 月明かりが僅かに照らす夜道、灯りを持つ人間を置き去りにして、どうしようというのか。
 折角、その温もりを感じた途端に、ヤキモチ焼きのお子さまの乱入だ。
 遠くなった体温を名残惜しげにするかのように、左手をそっと見つめて、クスリと笑みを浮かべた。
「全く、ホントに面白いね。君は。ゴウ・セイバ」
「おぉーーーい! 何してンだ、早く来いよミハエル!! 暗いんだよ!!」
「…やれやれ…」
 勝手に先に進んでしまった癖に、今度は此方を遅いと詰るその余りの横柄さには、怒りよりも諦めの感情がより多く湧いてくる。
「今、行くよ」
 煩わしい程に目一杯手を振って合図してくる豪に、ミハエルは軽く提灯の明かりを上にして、応えたのだった。

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 第二組目のスタートは、一組目より十分遅れてとなった。
「うわぁ…やっぱりちょっと迫力あるね」
 少し歩くと、直ぐ霊現象の噂が絶えないというトンネルに辿り着く。
 実は、心霊スポットというのも、幽霊民宿というのも全てでっちあげだったりするのだが、肝試し参加メンバーには一切事実を伏せられているので、彼らの目には何の変哲もない景色が恐ろしく演出されていることだろう。
 暗闇にぽっかり虚を穿つ古びたトンネルは、それだけで充分、見る者に恐怖を与えた。
 しかし、四方を人工物で囲まれた環境で育った所為か、超常現象について大して怯む様子の無いJは、パートナーである少年に、にこやかに振り返った。
「さ、行こうよ。リョウ君」
「あ、…あぁ」
 覇気の失せた返答に、Jはふわりと微笑んだ。
「リョウ君もこういうの苦手だったよね、…大丈夫? 民宿で待ってたほうがよかったんじゃ……」
 滅多に目に掛かる事の無い、青ざめた顔色。
 心配しながらも、そんな様子が愛しく感じられて複雑だったりするJ。
「いや…俺も、そうするつもりだったんだが…」
 何かと口実を作って今回のイベントから、目の前の褐色の肌の少年ともども、外れようと目論んでいたのだが。
 例の一言。
 暴走カッ飛び、TRFの最大唯一のトラブルメーカーが発した『幽霊民宿』発言。
 キモ試しで人気の無い山道や参道を提灯ひとつ下げて歩くのも頂けないが、かと言え、出ると明言された宿に二人で残るのも願い下げだ。
 いや、二人きりというのは実に有り難いシチュエーションではあるのだが。
「……とにかく、行こう。早く終わらせたい……」
 随分消耗している様子の無冠帝王と呼ばれた鷹羽を気遣い、Jはそっと傍に寄り添った。
「うん。ボク、こういうの平気だから…任せて?」
 言って、自分よりも少し大きな手の平に、優しく指先を絡めてくる。
「J…」
 その何時にない積極的さに、ドキリと心の蔵を大きく波打たせ、リョウは感動に震えた。
「な、なぁ…J」
「ん?」
 二人、暫く無言を通して先を急いでいたが、ふいに猛禽類のような鋭さを内包する黒髪の少年が呼びかける。
「その…キスして、いいか?」
「!」
 夜目にも鮮やかに、褐色の頬がサッと薄紅に色づく。
 お互いの愛情をコトバで伝えて確かめ合ったのは、もう、随分前になる。
 しかし、目まぐるしい日々の中でなかなか好機に恵まれず、未だにプラトニックな関係なままだ。
 確かに大人の目から見ればまだまだ未成熟な子どもの範疇に分類されるが、健康な男子ならば相応に性的な興味はあって然るべきなのだ。
 傍にいればその細いカラダを抱き寄せて掻き抱いて、そして――。
 太陽の輝きを籠めた金の髪に指を絡めて視線を合わせ、その桜色の唇を喰らい尽くしたい衝動に駆られる。
 足りないのだ――心だけでは。
 不安と焦燥が、疑心を生む。
 もっと、もっと……深く繋がりたい。全部。
「イヤ、か…?」
 窺うような声音でリョウは可愛い恋人の返答を待った。
 すると、困り切った表情でJはふるふると首を横にした。
 嫌ではない、けど…今一歩踏み込む勇気が…、といった処か。
 未知の領域に、人という生き物は本能的に懼れを抱く。
 予め予備知識が備わっていればまた違ってくるだろうが、何せ、物心ついた時より一流レーサーとして、徹底的に管理されたエリート教育を受け続けてきた少年だ。
 一般家庭の子どもなら、学友や兄弟、マスメディア等から得られるはずのその手合いの情報が、全く以て綺麗さっぱりJの中に存在していないのだ。正しく、純粋培養。
「なら、…いいな?」
「……う、うん」
 少々強引に同意を引き出す。
 二の足を踏む籠の鳥にはこれくらいで丁度良いのだと、本能的にリョウは悟っていた。
「えと…けど、あの、リョウくん…」
「どうした」
 しかし、相変わらず柳眉を寄せたままのJは、頬を染めて上目遣いに恋人を窺う。
「そ、の…ど、どうしたら……いいのかな」
 そわそわと所在無さげにし、ちょこんと小首を傾げる姿は凶悪な可愛さだった。
「そうだな…じゃあ、俺の言うとおりに。いいな?」
「う、うん」
 何故だか神妙な顔をして頷くJ。
 たかがキス一つにこの調子では先は長いな、と内心で苦笑すると共に、真っ白な恋人を自分好みに色づけてゆく愉しみにほくそ笑むのは、孤高の王者の異名を獲る荒々しきレーサーだ。……存外、オヤジ趣味なようだ。
「目を閉じて、少し顎をあげるんだ」
「……うん」
 言われるがままに、その空色の眼差しを瞼の奥に閉じこめ、そっと綺麗な曲線を描く顎先を突き出すようにした。
「…少しでいい、口を開けてくれ」
「うん」
 これも指示通りに律儀に従う。
「そのまま、じっとしているんだ」
 ゆっくりと、長い黒髪の少年は距離を詰めた。
 上向かせた顎の先を指先で捉えて、逃がさぬようにする。
 ――始めてのキスは、想像以上に甘い味がした。

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 さて、所変わって第三組目。
 アストロレンジャーズの紅一点ジョーと、紫のタレ目がファン心を擽るらしい軟派少年エッジの出番だった。
「さぁーって、じゃ、行くでゲスよ」
 提灯に火を貰うと、ジョーはサンクスと軽く礼を言ってエッジを見遣る。
「ほら、さっさと行くわよ」
 しかし相方は心ココに在らずといった体で、どちらかに視線を向けていた。
「もぉ、こらエッジ!」
 スコンッ、と、そのセットに一時間とのたまわる脳天にチョップをかますジョー。
「うわ、何すんだ!」
「なにすんだー、じゃないわよ。早く行かないとコレ、途中で消えちゃうでしょ!」
「あ、俺達の番か。悪い」
「いいから、行くわよ。ぼやぼやしないで」
 素直に謝罪すると、エッジはポニーテールの少女に腕を引かれていくのだった。

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「で、やっぱりリーダーみてたの?」
 幽霊の噂があるという(本当は嘘だが)古びたトンネルの前まで来て、快活な少女はサラリと疑問を言葉にした。
「ん?」
「さっきよ、スタート前。ぼーっとどっか見てたでしょう?」
「あー…、まぁなぁ。なんつぅか…」
「なによ、リーダーが心配なの」
「いや、心配なのはカルロの方」
「……あ、そ」
 最早何も突っ込む気にもならないジョーだ。
 いい加減自分たちがリーダーと仰ぐ人物の悪癖くらい承知している。
「なんでもイイケド、幾らリーダーでも、その辺で襲ったりしないでしょ? 気にし過ぎよ、エッジは」
 事情に精通しないジョーは軽く言うが、ありとあらゆる面でリーダーの恋愛サポートを強要されてきた赤毛少年には、渋面を作ったままだ。
「いや……リーダーなら犯る」
 確信めいたモノを感じて、エッジは零す。すると、提灯を手にした少女は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「えぇっ!? まさか、幾らリーダーがアレでも…やるって……犯るって……、まさか……でも…確かに……」
 否定の言葉に力が失われてゆく。急速に不安に駆られたためだ。
「でっ、でもホラ!
 相手はあの、カルロ・セレーニよ? 素直に押し倒されたりしないと思うんだけど」
 一縷の望みを賭け、ジョーは努めて明るく言い切った。
 サーキットを駆けるWGP参加者の一部レーサーには暗黙の了解となっているが、イタリア編成の連中の軟弱な装いは全て偽りであり、特にリーダーであるカルロは凶悪なのだ。
 幾らブレッドとはいえ、一筋縄ではいかない暴れ馬を、容易く制すとは思いがたい。
 しかし――、
「リーダーが正攻法で攻略すると思うか?」
「………」
 指摘され、思わず黙り込んでしまうジョー。
 難攻不落の城に正面から突っ込んで行く無謀な真似は、何処ぞの弾丸青頭くらいしか出来ない芸当だろう。
「……ものすごぉく、不安になってきた」
「チームリーダーが性犯罪者って、どう思うよ?」
「――…洒落になんないコト言わないでよ」
 目的の為には手段を選ばない側面を持つ不遜なリーダーを思い、ジョーは軽く首を振った。

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 氷水を張った桶にタオルを浸し、固く絞って、エーリッヒはまだぼんやりとしている恋人の華奢な躰を拭ってやっていた。
「…赤くなってますね」
 北欧人らしい白皙の肌が随分火照っていた。
 痛くはないだろうかと優しく気遣いつつ、甲斐甲斐しく世話を焼く姿は堂に入っていた。
「よく冷やしておかないと、軽い火傷のようになってますから…」
「ッ、」
 首筋に冷えたタオルを添えられて竦んだシュミットに、エーリッヒは表情を曇らせた。
「申し訳ありません、痛みましたか?」
「……いや、大丈夫だ。すまないなエーリッヒ。俺の為に…折角の骨休めだというのに」
「私の事なら気に病む必要はありませんよ、シュミット。貴方の傍に在るだけで幸福なのですから」
 真摯な瞳で穏やかに微笑む、出来過ぎた恋人に、柔らかな黒髪と菫の眼差しの少年は複雑そうに眉根を寄せた。
「献身的だな。…お前のそういう処は嫌いではないが…。もう少し貪欲になれ、エーリッヒ。――…お前は優しすぎる」
「…シュミット?」
 国の威信と誇りを背負って戦う各国のレーサー達は、一部の例外を除いて皆一様に自尊心が高く勝利に対し非情な迄の貪欲さを秘めている。
 無論、その姿勢を非難しているわけではなく、WGPレーサーならば当然の在り様で。
 例えば、同胞の亡骸を踏み台にして勝者の栄光を掴めるというのなら、おそらく、多くのレーサー達が『そう』するであろう。
 自分や――チーム・アイゼンヴォルフのリーダー、ミハエルにしても、同じ事だ。そして、現在己を看護中のその肌の色とは対照的な真白い心の持ち主とておそらく、勝利の為に犠牲を厭わぬ覚悟はあるだろう。
 だが、苦渋の選択の後にいかほどの苦悩と悔恨に襲われるだろうかと。
 優美な微笑みを象る仮面の下で、呵責に苛まれる姿をなど、望む道理があろうか。
「……本当に、優しすぎる。お前は」
「――…?」
 まだ体内に籠もる熱の所為であろうか、焦点の定まらぬ眼が、水面に映り込んだ藤の花房の如く揺らめいていた。
「シュミット、…一体……?」
 恋人の謎めいた言葉の、その意図を計りかね、エーリッヒと呼ばれる端正な面差しの少年は戸惑う。
「…そんな不安そうなを表情かおをするな、エーリッヒ。なんでもない」
 優しさが――…致命的な甘さを生むと分かっていても、尚、その全てが愛おしい。
「……シュミット…」
 不意に、誠実を絵に描いたような少年は声の調子を落とし、熱く力の無い指先に頬を寄せて瞳を伏せた。
「…愛して、います」
 思いの丈を籠めた響きの切なさに、胸が鋭く抉られてゆく。
「………」
 自分もだ、と、応えようとして、舌の根が縫い止められたかのように動かなかった。
 愛している、この激しい想いも痛みも決して偽りなどでは無いと胸を張れる。
 けれど――…。

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深すぎる愛情は、その当人までもを盲いさせる。
猜疑は真実を求めて更に疑心の迷図へ惑いこむ。


――…罪 深きは、人の業か。



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「さぁ〜って、それじゃ最後の組ゲスよ」
 キャンプに来てまで青の七五三スーツに赤の蝶ネクタイ、片手には何処の成金道楽オヤジを連想させるセンスを構えた、サルの容姿に酷似した子どもが機嫌良く提灯を手渡す。
「途中で落としたりしないように、気をつけるでゲスよ?」
「ああ、Thanks」
 頼りなく揺らめく灯火、それを片手に最終組――WGPにて優勝候補に挙げられる、アストロレンジャーズとロッソストラーダのチームリーダー達は闇の中へ消えていくのだった。

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 遠くにせせらぎ、葉擦れの音。
 月と闇の支配する世界で瞳を開ける生物の、微かな息遣い。
 夜は、静寂ばかりではなかった。
「……っと」
 シュッ、と。
 顔面スレスレを掠ってゆく拳を鮮やかにかわして、思わずブレッドは囃し立てるように口笛を吹いた。
「不意打ちとは、なかなか洒落てるな? カルロ」
「ッ、避けてンじゃねェ…!」
「我が侭ばかりだな」
 理不尽な言い様に苦笑しながら、ブレッドは手に下げていた光源を手頃な枝に引っ掛け、敵意剥き出しの野生馬に向き直った。
「で――…どうかしたのか、ん?」
「……ッ、ざっけんな!」
 挑発されているのだと何処か冷静な部分で理解していたが、どうにも感情の高ぶりは収まらず、カルロは黄金の狼へ牙を剥いた。
 と、その動きを予め測っていたのだろう、ブレッドは打ち込まれた拳をなんなく捕らえて、余裕を見せつけた。
「好戦的なのはお前の美点だな。……実に飼い慣らし甲斐がありそうだぜ」
「ハッ…! その前に…テメェを食い千切ってやる」
 片腕を封じられつつも、強気な姿勢を貫く高潔さにブレッドは満足そうに笑んだ。
「…出来るものならな?」
「――…後悔…させてやるゼ!!」
 言うなり、鋭い横蹴りが飛ぶ。
 それを左手で払って捌くブレッドの隙をついて、カルロは己の右に自由をもぎ取り、そのまま肘で腹に一撃を加える!
「ッ、」
 一瞬、ブレッドの体が痛みに硬直したのを狙い、更にエルボーの態勢で顎を撃ち抜こうとして――、
 思わぬ障害に、カルロの動きは阻まれた。
「テメェ…」
「これが必要なんだろう、カルロ」
 切り札として、強豪アメリカ編成を束ねるレーサーが懐から取り出したのは、数枚の写真…だった。
「いいコにしてたら返してやるぜ? ネガごとな」
 裏地を向けて、その角に軽く接吻しながらブレッドは低く喉を鳴らす。
「……とんだエリート野郎じゃねェか」
 脅迫や強請ゆすりの類は此方の領分だ、まさか、逆に仕掛けらる羽目になるとは。
 素直に従うのは癪に障わり腹立たしい事この上ないが、敵の手中に此方の弱みが握られている以上、選択肢は無い。戦闘態勢を解き、警戒するようにブレッドを凝視した。
「O.K。物わかりがいいな。ご褒美だ」
 居丈高な物言いで投げて寄越した一枚の写真を、カルロは指の間に挟み込み受け取った。
「……チッ…」
 表かえして映り込むモノを確認すると、憎々しげに舌打って提灯の中でチロチロ踊る蝋燭の炎に嘗めさせた。
 裾から焦げて、忌まわしい記録は灰となる。
「――…残り、三枚とネガだ。
 まだ先は長いからな、ゆっくり行こうぜ。カルロ」
 愉悦に溺れた蒼の対は狂気を孕み、静かに歪みを伝えていた。

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ブレットの犯罪臭がハンパ無い
レツゴウでは総攻めポジション確定
精力絶倫なのでカルロも大変です